


質問に丁寧に答えてくださる巳太郎さん。

長唄三味線に関する資料など、巳太郎さんの蔵書からお貸出いただきました。

国立劇場養成課を卒業された杵屋巳勇次さん(写真左側)。
---数ある歌舞伎の魅力の中でも黒御簾音楽が大好きです。巳太郎さんの中で黒御簾音楽といえば"これ"というのはどんな曲でしょうか?
三味線の曲では、さきほどご紹介した『魚屋宗五郎』の「西行桜合方」はやっぱり面白いと思います。それから『熊谷陣屋』の幕切れ「愁い三重」や、『仮名手本忠臣蔵』四段目、城明渡しの幕切れ「送り三重」のような、主役の俳優さんの気持ちを推し量りながら弾く、心理描写の演奏が好きですね。
大太鼓の自然現象の描写は、まさに世界に誇れる音楽と言えるでしょう。本来、雪が降っても音はしませんが、大太鼓の音を聴いていると、深々と降る雪が目に浮かんできます。雪が止んで一面に積もっている様子も音で表現します。雪音は黒御簾音楽のなかでも最高のものの一つだと思います。
唄では、「只唄」というわずか七文字の「こころのこして」という言葉を、たっぷり伸ばし2分程かけて演奏する曲があります。その他にも「まつにふる」や「あだにちらすな」など、意味ありげな歌詞をたっぷりと伸ばしながら、三味線と唄が見計らって心理描写を行ないます。これもとても素敵ですね。
黒御簾らしいといえば、やはり"祭り"の音楽でしょうか。伊達男、鳶頭、などのきっぷのいい男伊達がでてくるときの祭囃子は、唄入り、三味線入り、もちろんお囃子入りで、やっぱり江戸歌舞伎の醍醐味、世話物の中でも一番楽しい音楽だと思います。
---歌舞伎の形は俳優によって様々ですが、黒御簾音楽は演奏する人によって変化があるのでしょうか?
黒御簾音楽は「時代物で使う曲」「世話物で使う曲」に大きく別れています。演目ごとに演奏する音楽は決まっていますが、そこには俳優さんたちの工夫が入ってきます。俳優さんが時代に演じれば僕たちも時代に演奏しますし、世話物でもちょっと時代にせりふをおっしゃれば、それに合わせて演奏します。とにかく時代か世話かということに敏感に反応する事が大切です。
僕たちから俳優さんに「ここはいつもこう弾いているんですけど・・・」なんて事は言いません。時代にしたり、世話にしたりは俳優さんの考え方ですからね。同じ月の公演中でも、俳優さんのやり方が変わることもあります。それでも、大きな変更を除いて、特に打合せはありません。「聞いてりゃわかるだろ」ということで、もちろんそうですね。
---失敗談を教えてください
一番印象に残っている失敗は、足かけの大薩摩で舞台に出て行って、黒御簾で大太鼓の"山おろし"が打ち上がり、場内が静かになったところで、いつも通り「ハォ~」と声をかけ、三味線を弾きはじめたとたんに、三の糸が"プツン"と切れて・・・低い音の一の糸で「ドンドンドン・・・」と演奏をはじめたのですが、困ったなって(笑)。
自分の責任で何かやらなきゃいけないので、四苦八苦して一と二の糸だけのアドリブで大薩摩を弾き、どうにか終えて舞台のそでに引っ込んだら・・・すぐそばの暗がりに梅幸さんがいらして「なに、今日は短けえじゃねえか!」って。
「すみません!」と、その場は謝るしかありませんよね。舞台が終わり梅幸さんの楽屋へ謝りに言ったら「おまえ、何だ糸が切れたんだって」って。「そうなんです。」「それじゃしょうがねえな。」と許していただきました(笑)。舞台を見ていた方からは、「今日はずいぶん地味な大薩摩でしたね」って。地味ですよ、三の糸がないんだから(笑)。
---三味線のお稽古を始めるにあたって心構えを
お稽古用の三味線では、調子を下げたり、コマを外したりせず、調子を合わせた物を、できるだけそのままの状態にしておくのが良いと思います。初心者の方は、調子を合わせるだけで20~30分かかってしまいます。その時間を練習にあててください。そして反復練習を繰り返し、弾けたなとおもったらまた練習。そうすれば体が自然に覚えていくようになります。
---舞台に立つと緊張してしまいます
みんな同じですよ。ドキドキしているけれど、していないような顔をしているだけです(笑)。ただ、自分の力以上のものは出てきません。練習で20点くらいなら15~16点、練習を重ねて80点くらいでも舞台なら60点くらい。それくらいしか出来ないと思えば良いんです。
---どのように作曲をされますか? 西洋音楽にも影響をうけることがありますか?
西洋音楽だけでなく、東洋・インド・インディアンの音楽など、参考になるものはすぐ取り入れます。実際にそういう曲も作りました。
新作や復活など歌舞伎の場合は、伝統的な曲だけで音を作っていきます。台本をよく読んで、世話と時代をしっかりと分けて、人物の出入りをチェックして音を付けていきます。台本に音を付ける仕事は大体手順が決まっていて、自分の好みの音を付けることもありますし、もちろん約束事もあります。
今度ロンドンに行く『NINAGAWA 十二夜』も、歌舞伎風に付けるか、それとももっとモダンにするか、僕なりに考えて歌舞伎風の音を用意していったら、やはり蜷川先生の考えもそうでいらっしゃいましたね。
---日常はどのような音楽を好んで聴かれますか?
iPodでは聴いていませんね、店に見に行ったことはありますけど(笑)。音楽は何でも聴きます。割と同じCDばかりを聞いていますね。水琴窟(すいきんくつ)のような自然の音、いわゆる癒し系かな。朝起きるときはこれ、寝るときはこれって。富之さんは何を聞きますか?
--和歌山富之さん
私もなんでも聴きます。さきほど巳太郎先生がおっしゃっていた通り、どこで何が役に立つかわからないことがありますから、割と節操無く聴くほうです。どちらかというとJ-Popが多いですかね。昔はギターをやっていてたので、ビートルズやローリングストーンズから入って、今は演歌も聴きますよ(笑)。
---国立劇場の歌舞伎音楽-長唄(唄・三味線)養成事業について教えてください
今日ここに来ている杵屋巳勇次(みゆうじ)君は国立劇場養成課を卒業しています。3年間かけて一人前になるように、よってたかって教えちゃいます(笑)。今は4期生で3名ですが、鳥羽屋里長社中からも、菊五郎劇団音楽部からも、多くの演奏家が先生として教えに行っています。唄、三味線の他にも、踊り、鳴物、歌舞伎演目の解説、お茶の作法なども教えています。
養成課は、長唄以外にも歌舞伎俳優、竹本、鳴物などのコースがあり、日本一小さいけれど日本一贅沢な学校かも知れません。歌舞伎俳優のコースが一番歴史が長く、昭和45年の開設以来、多くの方が卒業し歌舞伎の世界に入っています。同じように長唄の人材が育ってくれれば良いなと思っています。
今回の「歌舞伎美人サロン」レポートはいかがでしたでしょうか。「歌舞伎美人サロン」は今後も随時開催していく予定です。皆様のご参加を編集部一同お待ちしております。
