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四月大歌舞伎 記者発表!

四月大歌舞伎 記者発表!

 左から玉太郎、河野彩人、東蔵、梅玉、魁春

 

 1月27日、「六世中村歌右衛門五年祭 四月大歌舞伎 六代目中村松江襲名披露 五代目中村玉太郎初舞台」の記者発表が行われました。

 平成13年に六世中村歌右衛門が亡くなって早五年。その六世歌右衛門ゆかりの狂言が並んだ四月大歌舞伎において、中村玉太郎が六代目中村松江を襲名、そして玉太郎の長男 河野彩人(あやと)君がお父さんの名前の玉太郎を継ぎ初舞台を踏むことになりました。この四月大歌舞伎への意気込みを梅玉、魁春、東蔵、玉太郎、彩人君が語りました。

 父が亡くなりまして5年、生前できなかった親孝行をもう一度したい、五年祭をやらせていただきたいという夢を持っておりましたが、この度、松竹の永山会長をはじめ関係各位のお気持ちでこのような興行をやらせていただくことになりました。また、ご出演してくださる方々は皆さん快く、ご自分からもぜひともこの興行には出してほしいと、申し出てくださって、大変嬉しく思っております。

 父は晩年、歌舞伎の将来を心配しておりました。5年たった今、「現在の歌舞伎はこれだけ素晴らしく、きちんとしたものを皆でがんばってやってるんだよ」と、父をはじめ、いってしまわれた大先輩の方々にお見せできるような興行になる気がしております。それが、父への手向けになると思っております。感謝の気持ちでいっぱいです。

 父が亡くなった一年祭のとき、魁春を襲名させていただきました。その襲名が4年間で、昨年無事に終わり、ようやく「あたしはもう面倒みないから、これからは自分のひとりの力でやっていきなさい」と父に言われたつもりだったのですけれど、すぐ今年この五年祭で追善狂言にださせていただくと、「やっぱり、あたしが出てこなくちゃダメなんだ」といわれているように感じております。
今回、父が一度しかやっていない復活狂言をやらせていただきます。それらをこれからも残せるように一生懸命勤めさせていただきたいと思います。

 私、中年からの役者で、こうやって、歌舞伎の役者としていただいたのは、成駒屋の兄さん(六世歌右衛門)のおかげです。
この五年祭で、息子が松江を襲名、孫が初舞台とこんな喜ばしいことはありません。
5年経った今でも、“あぁ、兄さんの影響がまだこんなにあるんだ。まだ兄さんの恩恵を受けているんだ”と本当に感謝いたしております。
とても無理な事かもしれませんが、少しでも兄さんの恩恵からのがれて一人立ちできるよう、一生懸命に勤めたいと思っております。よろしくお願いします。

 初舞台が10歳で、今年の3月で40歳になります。玉太郎になってから、もう30年。そして、40歳という節目の年に魁春のお兄さんが名のり大きくしてくださった、“松江”という名前を襲名させていただくことになり、嬉しく身に余る光栄だとおもっております。そして、歌右衛門の叔父の五年祭の舞台で、息子の彩人が、五代目として玉太郎を襲名し初舞台。本当にこんなに幸せなことはありません。この四月興行を機に、一人前の役者になれるよう、より一層努力精進いたします。どうぞよろしくお願いいたします。

 彩人くんは元気に「中村玉太郎です。よろしくお願いします。」とご挨拶。場内が和やかな空気に包まれ、話はますます弾みます。その新・玉太郎くんに祖父の東蔵から「私は中年からの役者なので、言ってみれば移民の1世みたいなもので、玉太郎が2世。やっとアメリカならアメリカの市民権を得た子供ができたわけです。それは非常にうれしいのですけれど、成長するまで私がいるかどうか、もちろんわかりません(笑)。ぜひ歌舞伎界を背負って立つような役者になってもらいたいと思っております。」とエール。

 さらに、新・松江に魁春からは「私が松江になったときは132年ぶりのことでしたので、こうやって早く自分が名のっていた名前をついでいただけるのは大変ありがたい。同時に、玉太郎さんは立ち役・女形ともに勤められるので、もっともっと大きな名前にしていただければと思っております。」と、こちらもエールをおくりました。

 「今まで“加賀屋”は(東蔵、魁春の)二人だけでしたが、松江、玉太郎、お弟子さんも含めて屋号が加賀屋になるため、大所帯になる。」と東蔵さんも魁春さんも大喜びのご様子でした。
多くの歌舞伎ファンの心の中に生きている六代目歌右衛門さんの面影。この五年祭でもう一度、歌右衛門さんの偉大さ、すばらしさを思い起こすことができるでしょう。玉太郎さんの松江襲名、そして、彩人くんの玉太郎での初舞台と、賑やかな話題に満ちた「四月大歌舞伎」。いまから楽しみです。

2006年02月09日

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