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信玄ゆかりの地を訪ねて

 市川亀治郎主演の『風林火山 -晴信燃ゆ-』が4月日生劇場で上演されます。公演を前に信玄公ゆかりの地を訪ねてみました。

武田神社

武田神社

 成功祈願とお練りが行われたのがここ武田神社。永正16年(1519)武田信虎がこの地に館を築き「甲斐府中」を定めたと言われています。これより信虎・信玄・勝頼の武田三代が60余年にわって武田家の居館としました。大正8年(1919)には館跡に武田神社が創建され、現在は武田家ゆかりの至宝を所蔵する宝物殿などもあります。


積翠寺(せきすいじ)

左:積翠寺と要害山、右:信玄公産湯の井戸

 左:積翠寺と要害山、右:信玄公産湯の井戸

 


 要害山の南麓にあり、信虎夫人(大井夫人)が合戦をさけ、要害城に避難する際の大永元年(1521)11月3日に、この寺で信玄を産んだと言われています。今も産湯の井戸は「産湯天神」として祀られています。後奈良天皇の使者を招待した句会の記録「武田信玄和漢連句」の一巻が寺宝として残されており、信玄の発句「心もて染すはちらし小萩原」が自筆で記されています。


武田信玄公墓所

武田信玄公墓所

 信玄の命日は4月12日。墓所内の「八房梅」は、一つの花に8個の実を結ぶといわれる珍木。信玄が川中島合戦のさなか、水がわりに喉をうるおした実を甲斐国に持ち帰り、この地に移植したといわれています。天気の良い日には、近所の保育園の子どもたちが集まり、地元の人たちの憩いの場所となっているようです。

 

円光院

円光院

 信玄の正室・三条夫人の墓があります。三条夫人は京の公卿の名門・三条家の娘で、16歳で甲斐に嫁ぎ、信玄よりも3年早く亡くなりました。墓は信玄の建立によると伝えられています。円光院の葬儀記録には快川国師が「西方一美人 円光如日 和気似春」と三条夫人の人柄を称賛する語を残しています。



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2008年03月23日

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