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『ヤマトタケル』記者懇親会

ヤマトタケル記者懇親会

 ヤマトタケルゆかりの地と言われる大阪・羽曳野市の白鳥陵を訪問した、市川右近・市川段治郎が記者懇親会で、公演への意気込みを語りました。

市川右近―――
右近 前回の公演からの3年間、古典歌舞伎や歌舞伎以外のお芝居にも出演させていただき、心理面を勉強する機会がとても増えました。今回そのように経験して得てきたものが、舞台で出せればと思っています。

 僕のヤマトタケルは師匠の猿之助に似てると皆さんからよく言われます。それは、似せようと思って似せている訳ではなくて、初演当時からヘタルベという役を勤め、師匠のせりふ回しや空気感を間近で見てきたからだと思うんです。

 今回『ヤマトタケル』の稽古に挑む前に、前回の自分の舞台をもう一度見返してみました。すると、師匠のヤマトタケルに表面的には似ているけれど、その裏にあるべき心理面というものが足りない。“そこがいけないんだ”と気づくことができたんです。それも、この3年で様々な経験を積んだからだと思っています。


市川段治郎―――
段治郎 僕が猿之助一門に入って、ちょうど今年で20年。ほとんどの期間、師匠が常に先頭を走って、我々はそれについて進んできました。

 それが、突然師匠が舞台から離れることになってしまった。これから我々だけでやらなくてはならないという大きなプレッシャー。前回はそのプレッシャーとの戦いだったような気がします。ですから、どうしても役に集中できない事もありました。

 それから3年たち、各々が歌舞伎の外で活動したり、古典歌舞伎を勉強したりしてきたことで、一人一人が本当の意味での自覚・自立というものを得ることができたのではないかと、今回の再演で強く感じています。


以前の舞台との違いは―――

段治郎―――
 根本は変えていません。色々なお芝居に出させていただいたことで、性根のつかみ方というのが、ほんの少しですがわかりかけてきたような気がしています。師匠猿之助の表面ばかりを捕らえて、その先に進むという事が、前回はなかなかできなかったのですが、少し進んだところを、今回改めて観ていただきたいと思っています。

右近―――
 この3年の経験から、自分なりに工夫を加えて、たとえばせりふ回しをちょっと変えてみようかと試みたのですが、なかなかそれが上手くいかないんです。というのも、すでにこの『ヤマトタケル』というお芝居は、22年の間で、“型もの”になってきているからだと思うんです。

 せりふ回しであったり、所作であったり、師匠が繰り返し上演している中で、このお芝居が“型もの”になっているため、それを変えようと思ってもなかなか変えられません。ですから、古典歌舞伎を演じる時のように、形があって、そこに自分を吹き込んでいくように心がけています。そして、改めてこの作品が古典として生き残っていくだけの歌舞伎性がある、そう感じています。


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