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仁左衛門、勘三郎が語る10月平成中村座

浅草という場所―――

仁左衛門―――
 初めて浅草公会堂に出演させていただいたときも、中村屋さんと一緒でした。そして何と言っても忘れられないのが、襲名のときのお練りですね。これがまた大変な人出でした。

勘三郎―――
 公演に合わせて、また江戸の村が浅草にできます。浅草全体で中村座を応援してくれるので、すごく雰囲気もいい。中村座をやっているときは、仲見世も少し遅くまで開いていて、ライトアップされた五重塔を見ながら帰るのもいいもんですよ。

仁左衛門、勘三郎が語る10月平成中村座

『仮名手本忠臣蔵』の思い出―――

仁左衛門―――
 まだ子供だった頃、大阪で討ち入りの場面があり、ある方が病気になられて代役の方が立ってられたのを見たとき、これは非常に申し訳ないのですが、「ああ、こんなに違うものか」と、子供心に芝居の恐ろしさを感じました。

 それと、初めて忠臣蔵で大人の役をさせていただいたのは、若手の勉強会での若狭之助でした。これも忘れられません。そして今からちょうど40年前に初めて由良之助を、国立劇場の高校生のための歌舞伎教室でやらせていただきました。それから40年・・・感慨深いものがあります。

勘三郎―――
 初演させていただいた新橋演舞場では、舞台に歌右衛門、勘三郎(先代)、松緑、梅幸・・・。本当に名題試験のようで、今考えればありがたいですよね。

 そして、憧れの判官を初めて歌舞伎座で勤めさせていただいた時、同じ歌舞伎座のこの位置で憧れの梅幸の叔父が勤めた判官を、今自分が演じていると思ったときは涙が出ました。

 古典の大事さというのはそういうもので、それがないと歌舞伎が続いていくということにならないような気がします。だから教えられたとおりに勤めたいと思いますし、それを子供たちの世代に伝えていかなくてはいけないと思っています。


最後に―――

仁左衛門―――
 僕も、勘三郎君も、お客様あっての役者、お客様にいかに喜んでいただき、感動していただけるかということを追求しています。一つのものを作り上げるためにみんなが一生懸命やっている姿、心、精神、誰一人怠けているものがいない劇団、そういうものが自然に舞台に現れてくると思っています。

勘三郎―――
 松嶋屋の兄さんはいつも全身全霊で舞台を勤めていて、それは僕も同じ。だから良くわかり合えます。そして、今回の公演には若い人もたくさん出演します。教えたりアドバイスしたり、大石以下、全員で舞台に取り組み、四十七士のように、討ち死にする覚悟で、熱のある芝居を作っていきたいと思っています。

 実は、今回の公演のほとんどがO型、これぞ大歌舞伎だって(笑)。松嶋屋の兄さんも孝太郎さんもO型。こういう話も楽屋で鏡が全部横に並んでいるからできるんです(笑)。血液型の話になったら横から「僕も、僕も・・・えぇ~!」って話になるんです。だから面白い。風通しの良い楽屋で風通しの良い舞台がお届けできると思っています。

 公演情報はこちらをご覧下さい。
  平成中村座十月大歌舞伎 通し狂言 仮名手本忠臣蔵

仁左衛門、勘三郎が語る10月平成中村座

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