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勘太郎が「襲名を祝う会」で思いを新たに語りました

六代目中村勘九郎襲名を祝う会

 勘太郎(左から5人目)を中心に勘三郎(右端)、七之助(左端)ほか会の発起人らによる鏡割り

 10月28日、ホテルオークラ東京で「六代目中村勘九郎襲名を祝う会」が開かれ、歌舞伎俳優ほか関係者らおよそ1200人が出席したなか、中村勘太郎が襲名への思いを語りました。

 2年前の同じ日に、同じ場所で結婚披露宴を挙げた勘太郎は、トランペット奏者、日野皓正氏の演奏で壇上に登場、来場者に感謝の念を述べた後「父が47年間守り育ててきた勘九郎という名前は、憧れ、尊敬、そして恐怖。言ったことは必ず実行し、楽しみながら芝居をつくってきたカッコいい男の名前」と言い、襲名について「大きな宿題をもらった気持ち」と話しました。

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 その後、会の発起人ら12名による鏡割りが行われました。乾杯の挨拶に立った松竹の大谷信義会長は、"六代目"というのが心地よい呼び名であることと、江戸歌舞伎発祥となった初代勘三郎に触れて、その長男が名乗った勘九郎という重要な名跡の襲名の喜びを述べ、華やかな鏡割り、乾杯となりました。

 会の終わりには中村勘三郎が壇上に上がり、挨拶の冒頭、「今日の会は私の威光です!」と会場を沸かせた後、「気を張らずに、自分の勘九郎をつくって欲しい」と述べました。そして、前日に告別式が行われた芝翫さんのことに触れ、「残念なのは岳父のこと。(勘太郎が)初孫なので、もうちょっと元気でいてほしかった」と涙声で続けました。

 最後にお礼の挨拶として再び壇上に立った勘太郎は、父から襲名についての言葉を聞いたのは今が初めてだったことを明かし、「すごくうれしい」とひと言。「諸先輩に支えられながら、父の友人にかわいがってもらいながら、友人に支えられて勘太郎を生きてきました。神谷町のパパ(芝翫さん)は勘太郎をつくってくれたといっても過言ではありません。勘九郎になっても心配していると思います。皆様、どうぞ支えてください、これからもよろしくお願いいたします」と締めくくりました。

 また、会を終えての感想を聞かれて勘太郎は、襲名を実感したことと、「父が愛をもって接しているから、皆様が(舞台を)観てくださる。僕もそういう人になりたい」と新しい勘九郎像についての抱負を述べ、来年2月から始まる襲名披露興行に向けては、「小心者で緊張もするけれど、大丈夫でしょう。僕はのんびりしているので、新しい勘九郎になると思います。親に感謝し、感謝を忘れないで頑張ります」と新たな決意を語りました。


「中村勘太郎改め六代目中村勘九郎 襲名披露記者会見が行われました」

2011年10月31日

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