友右衛門、芝雀が語る「四世中村雀右衛門一周忌追善」

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 2013年1月2日(水)に初日を迎える新橋演舞場「壽 初春大歌舞伎」で、四世中村雀右衛門一周忌追善狂言の昼の部『傾城反魂香』、夜の部『仮名手本忠臣蔵 七段目』に出演する大谷友右衛門、中村芝雀が、公演を前にその思いを語りました。

父の当り役、『傾城反魂香』おとく
 大谷広太郎を名のっていた昭和22(1947)年12月三越劇場の初演から平成16(2004)年6月歌舞伎座まで、9回にわたっておとくを勤めた雀右衛門。修理之助役で何度も同じ舞台に立った友右衛門は、「(屋体の)上から見ていて、おとくに世話女房が感じられました」と共演の印象を語りました。今回はフランス公演(平成9年12月)以来の雅楽之助で出演。「パリでは花道が直角になっていて、落ちるかと思いました」とのエピソードも飛び出しました。

 今回、おとくを演じるのは芝雀。「初役のときに(昭和63年6月国立劇場)手取り足取り教わりました。芸に厳しい人で、自分で手がけた役しか教えませんでしたが、細かく指導してくれた思い出があります」。雀右衛門は「気持ちをぶつけるような濃密な演じ方」で、常々、「形、技術に魂が入っていないとお客様に伝わらない」と口にしていたと言い、芝雀に対して「気持ちがないんだよ」と叱っていたそうです。

 立役の友右衛門は雀右衛門と共演するとき、「父自身、立役もやっていたので全部わかっており、私としてはやりにくい相手でした」と苦笑すれば、芝雀も「金丸座では(平成13年4月『二人道成寺』)、お手本が前にいてやりにくかったですね」と、偉大な先輩俳優と共演する緊張感を表現しました。

『忠臣蔵』の役を受け継ぎ、受け渡す
 「七段目」では、友右衛門が幕開きに登場する三人侍の一人、赤垣源蔵役で、息子の廣太郎とともに出演、また、廣松も大星力弥として出演します。友右衛門は、「力弥で出て以降(昭和39年10月東横ホール)、三人侍をたびたび勤めています。父に言われたことや自分が演じてきたことを、廣太郎と廣松に伝えようと思います」。子どもたちの世代のほうがのみこみが早いので、もっと昇華してくれるのではと、期待を寄せていました。

 芝雀は3度目となるお軽について「色っぽく、最後まで"きれい"が印象に残る役」と言い、「父はいつまでも娘役をやり、その役、見え方を追及していました。化粧前で"お前よりきれいだ"と言われましたが、それはもっと研究しろよ、ということだったんでしょうね。役者としての美しさに加え、若さを保つ努力をしていた人でした」と、いつまでも若々しさを失わなかった雀右衛門を偲びました。

可憐な人
 四世雀右衛門という歌舞伎俳優について、二人が挙げた言葉は「可憐な人」「華のある人」。と同時に、「人のエネルギーを吸いとるほどのバイタリティーのある人でした。芝居に対する情熱、熱意。戦争に行っていた8年間を埋めるかのように...」と芝雀。

 子ども時代、映画と舞台で忙しかった父とあまり会えなかったのが、「芝居に出てからは父から師匠になりました。亡くなる5、6年前からでしょうか、普通の親子関係に近づいて、他界するときは"親子"という気持ちになっていました」と、友右衛門は父としての雀右衛門への思いを述べました。

 雀右衛門がこの世を去ったのは今年2月23日。今でも父がいるような気がするという二人ですが、芝雀は「亡くなってみると、父はどうだったんだろう、父だったらどういうやり方で...、と強く思うようになりました」としみじみと語り、同じ女方を歩む俳優として「父のエッセンス、風情を自分の中に残しつつやっていきたい」と、今後への抱負を述べました。

 新橋演舞場「壽 初春大歌舞伎」は1月2日(水)初日、26日(土)まで上演。チケットは、チケットWeb松竹チケットホン松竹で好評販売中です。

2012/12/18