「パリと歌舞伎とオペラ座と」第1回

ガルニエの勧進帳 1

 「オペラ座の壁の装飾は非常に深く、歴史の重さが舞台に立つ者につめよってくる......。」
3月24日にパリ・オペラ座ガルニエの客席で行われた記者会見で耳にした團十郎さんの言葉がまざまざと甦ったのは、一観客として同じ場所に足を踏み入れたその翌日のことでした。

 黄金色に輝く夥しい彫刻がシックな赤の絨毯に映えるゴージャスな場内。客席前方に忽然と立ちはだかっているのは三色の定式幕。それはいつもと違ってはるかに縦長です。そして華美にデコレートされた劇場そのものが発する強力な磁場を押し返す結界のようでもありました。それでいて不思議に融合していて・・・・・。舞台前方には日本国内の古い芝居小屋で見られるような、蝋燭を模した明かりが揺らめいています。

  開幕。目前に広がった光景はいつもの『勧進帳』とは趣きを異にしていました。正面に描かれた老松や上手下手の青竹も枯淡な味わいの墨絵です。

「明治時代、ガス灯を初めて用いた新富座の照明を意識したい」という團十郎さん。その意図はこの歴史ある劇場とみごとに寄り添っていました。照明の陰影は舞台上の人物の内面の陰影をくっきりと浮かび上がらせ、繊細で劇的な空間をつくりだしていたのです。それは江戸時代さながらの風情をいまに残す芝居小屋、金丸座で観る感動とも明らかに違う、これまでに目にしたことのない光景でした。

 そしてそこは、江戸から現代に至るまでの歌舞伎の歴史において、明治という時代がいかに重要であったかを改めて認識させてくれる空間でもあったのです。西欧文化の影響を受け、激変する時代の空気を存分に吸い込み、呼吸し、洗練されていった『勧進帳』。その核ともいうべきものに初めて触れた......、そんな思いでした。

 團十郎さんはオペラ座初の歌舞伎公演を「歌舞伎にとって歴史的な1ページ」と称しました。そして五月、歌舞伎座の團菊祭では天覧歌舞伎百二十年を記念した『勧進帳』が上演されます。2007年は『勧進帳』にとって区切りの年でもあったのです。奇しくもそのタイミングで実現したオペラ座公演、花道のない劇場で『勧進帳』が実際にどのように上演されたのか......。それについては次回で触れたいと思います。

清水まり(フリーランスライター)