名優の写真集・その4 『名優鴈治郎集』

初代中村鴈治郎写真集

編輯兼発行人:日比繁治郎
発行所:林せん
発行年月日:昭和12年2月1日
非売品

 6回にわたり、財団法人松竹大谷図書館で所蔵する明治~大正期を代表する名優の写真集をご紹介します。

 昭和10年2月1日、"大阪の名物"といわれ愛された初代中村鴈治郎が76歳で亡くなったとき、大阪の街には異例の号外が出たといいますが、この写真集はその初代鴈治郎の三回忌に合わせて作られた私家版です。

 鴈治郎については死後わずかひと月、白井松次郎の肝いりで編集された『中村鴈治郎を偲ぶ』(※)という本があります。表紙を開いた途端にあらわれるのが故人のデスマスクなので、ちょっと度肝を抜かれます。追悼文や思い出はもちろん、芸歴紹介、当り役の写真や解説に加え、巻末には前年病に倒れた鴈治郎の病状の詳しい記録まで載っているという大阪人の中村鴈治郎への執念にも似た思いが感じられる本ですが、今回ご紹介する『名優鴈治郎集』も別な意味で初代鴈治郎への愛が凝結した本だと申せましょう。

 表紙は初代鴈治郎の筆になる富士山の絵と『東海神秀』の画賛、見返しには終焉の三ケ月ほど前に書いた『今海を はなるる舟や かへる鴈』という、辞世とも見える句をあしらい、27センチ×19センチというサイズいっぱいに、選り抜きの扮装写真、舞台写真100枚ばかりを並べています。各頁にはその写真の解説やちょっとしたエピソードなどがつけられ、プライベートな写真やまだごく若い頃の写真も加えられています。 もちろんモノクロの写真ばかりですが、コントラストが強めなのも強い個性をもった初代鴈治郎の姿をいっそう際立たせているようです。

(ちなみに発行所として名前を連ねているのは初代鴈治郎の奥様です)

『中村鴈治郎を偲ぶ』(※) 発行:昭和10年3月10日、著者:白井松次郎、発行:松竹興行株式会社、発売:創元社

文・飯塚美砂(財団法人松竹大谷図書館)