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鹿ケ谷

ししがたに

 治承元年(1177年)6月、京都東山の鹿ケ谷山腹にある俊寛僧都(そうず)※1の山荘で、酒宴が催されました。

 集まったのは、後白河法皇はじめ、藤原成親、成経(ふじわらのなりちか、なりつね)親子、源成雅(みなもとのなりまさ)、平康頼(たいらのやすより)など、平家に反感を持つ面々。平家打倒の相談をし、酒の勢いに任せ、瓶子(へいし=とっくり)を倒して「平氏が倒れた」と猿楽を演じて気勢をあげていたといわれています※2。しかし、多田行綱(ただのゆきつな)が裏切って平清盛に注進におよび、ことは露見します。

 成親は清盛の長子・重盛(しげもり)の子に娘を嫁がせ※3、一方、息子の成経は清盛の子・教盛(のりもり)の娘を北の方に迎えているいわば"身内"だっただけに、清盛の怒りは倍増。重盛らのとりなしにもかかわらず、成親は備前国に配流される途中謀殺。俊寛、成経、康頼は薩南諸島の一つといわれる鬼界ケ島に島流しとなりました。

 『俊寛』はそこから話が始まります。(み)

※1 僧都:僧正の下で僧尼を統率する僧官
※2 『平家物語・巻第一 鹿谷』
※3 一説に成親の妹が重盛の北の方とも。



解説

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