俠客

きょうかく

 俠客という職業はありません。義侠心を持ち、弱きを助け強きをくじく人、男伊達(おとこだて)を意味する言葉です。

 この俠客について、幸田露伴は3つの種類に分けられると随筆『俠客の種類』で述べています。

 まず、江戸時代初期、武士の横暴に、町人の中で気概のあるものが対抗したもの。歌舞伎で言えば、実在の人物をモデルにした『俠客春雨傘(きょうかくはるさめがさ)』の大口屋暁雨、『助六』の花川戸助六、『曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)』の御所の五郎蔵などです。

 つぎに大名家などに人手を提供する口入(くちいれ)の親方です。荒っぽい男たちを束ねなくてはならないので、当然、腕も度胸もあり、義に厚く人望もなければやっていけません。有名なのはなんといっても『鈴ケ森』『極付幡随長兵衛(きわめつきばんずいちょうべえ)』にでてくる幡随院長兵衛や、『荒川の佐吉』で佐吉を引き立てる相政(あいまさ=相模屋政五郎)といった親分です。

 そして最後が、任侠を売りにするやくざといわれる人々です。真山青果作『荒川の佐吉』の荒川の佐吉、長谷川伸作『一本刀土俵入』の駒形茂兵衛、『沓掛時次郎』の沓掛時次郎、『瞼の母』番場の忠太郎などがこれに当たるでしょう。

 いづれにしても、損得ぬきで、わが身を省みず義理と名誉、人のために一肌脱ぐのが俠客の第一条件です。(み)

※『露伴全集 第二四巻』岩波書店 1954年刊収録



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