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大薩摩節 その3

おおざつまぶし その3

 その後、大薩摩主膳太夫は、寛保元年(1741年)に中村座で上演された『兵四阿屋造』(つわものあづまやづくり)や、寛延4年(1751年)に市村座で上演された『鳴神上人北山桜』(なるかみしょうにんきたやまざくら)などに出演し、大薩摩節は二世團十郎の荒事には欠かせない浄瑠璃として定着しました。

 主膳太夫の活躍のなかでも特筆すべきものは、宝暦4年(1754年)に中村座で上演された、『夜鶴花巣籠』(よるのつるはなのすごもり)、『分身鏃五郎』(ふんじんやのねごろう)への出演です。『夜鶴花巣籠』は三世市川團十郎十三回忌追善の演目で、『分身鏃五郎』は海老蔵と名を改めた二世團十郎の4度目となる『矢の根』の上演でした。この折の『矢の根』も、初演時と同様に大当たりをとり、2月から6月にかけて打ち続け、「此狂言は万代不朽之狂言」と賞賛される程でした。

 このように市川團十郎家と大薩摩節は密接な関係となり、劇界に確固たる地位を築くに到りました。そして一代で大薩摩節を隆盛に導いた初世大薩摩主膳太夫は、宝暦9年(1759年)に、65歳で世を去りました。(つづく) (M)

[大薩摩節 その2]
[大薩摩節 その4]



解説

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