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三遊亭円朝

さんゆうていえんちょう

 戦国武将の御伽衆に端を発するといわれている話芸は、観客から出された三つのことがらを盛り込んで即席に一つの噺をこしらえる≪三題噺(さんだいばなし)≫の流行とともに江戸時代寛政年間ごろには職業としての落語家を生み、幕末の三遊亭円朝によって集大成を見たといわれています。

 天保10年(1839年)江戸に生まれた円朝は、七歳で高座に上がり、二十歳余りの若さで道具(舞台装置、仕掛け)を使った芝居噺による怪談や、自作自演による人情噺で人気を博します。『真景累ケ淵(しんけいかさねがふち)』もこのころ生まれ、以後、『怪談牡丹燈籠(かいだんぼたんどうろう)』や『鰍沢(かじかざわ)』などが続きます。

 やがて道具を使った噺を後進に譲った円朝は、素噺(すばなし。扇子一本使うだけの純粋な話芸としての落語)に専心していきます。『人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)』『塩原多助一代記(しおばらたすけいちだいき)』などを次々高座にかけ、その噺は口述速記によって読み物となり新聞に連載されるなど、広く世間に知られるところとなりました。

 噺の内容も、怪談、人情噺、推理ものにとどまらず、人づてに聞いた外国の歴史や小説の翻案ものなど多岐にわたり、『円朝全集』(昭和3年春陽堂、昭和50年角川書店)には『英國女王イリザベス傳』などという珍しいものも含まれています。各界に贔屓も多く、名士、文化人と交流の深かった人でした。明治33年(1900年)に亡くなっています。

 そもそも円朝の噺は、歌舞伎の影響を受けた芝居噺からはじまっていましたので、その題材や構成は芝居に脚色しやすかったのでしょう。河竹黙阿弥が明治26年(1893年)に没したころから、上記の作品のほかにも『怪談乳房榎(かいだんちぶさのえのき)』や『名人長次(めいじんちょうじ)』など、彼の噺の劇化が相次ぎ、今も上演され続けています。(み)



解説

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