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丁半ばくち

ちょうはんばくち

 作者の長谷川伸は、『刺青奇偶』という字を書いて"いれずみちょうはん"と読ませていますが、本来、"ちょうはん"はもちろん"丁半(偶数と奇数)"のこと。壷とよばれる小ぶりな籠や容器に、ひとつもしくは複数の賽子(さいころ)をいれ、出た目が偶数か奇数かに賭けるゲームを指します。時代劇でおなじみですが、単なるゲームで済むわけが無く、金銭を賭けてのやり取りとなります。

 『刺青奇偶』の半太郎のせりふには"丁半"ばかりでなく、「四三四六(しさんしむ)」や「狐(きつね)」という言葉が出てきますが、これらもサイコロ博打の一種です。

 貨幣経済の発達した都市、特に江戸では博打が流行りました。
江戸時代、賭け事は公には許されていませんでしたが、許可の下りた寺社のみでおこなわれる江戸の宝くじ≪富籤(とみくじ)≫の抽選の日や、また各所の寺社の縁日や祭日には、境内で公然と賭場が開かれました。賭場を開くことを"開帳"、賭金の一部を主催者に納めるのを"寺銭(てらせん)"というのはここからきています。

 町奉行の管轄外となる大名や武家の中間部屋や人足屋敷、荒廃して管理の甘くなっている武家屋敷や寺などでは日常的に賭場が開かれていました。常に人手不足であった大名家では、年季奉公で雇い入れた中間や火消人足たちが賭け事に興じても、逃げ出されては困るので厳しくは取り締まりませんでした。とんでもないことに江戸城の門番小屋が賭場として使用されていたことさえあり、これは"鬼平"こと火付盗賊改方長谷川平蔵が検挙しています。

 都市ではお金が無くては生きていけません。博徒や遊び人だけではなく、日銭にも困るようになると、一般庶民も現金の魅力に負けて博打にはまるようになってゆきます。勝っているうちや、持ち金が無くなる程度ならまだしもですが、無一文になって賭ける金がなくなると、胴元の親分が"金融業者"となって客に金を貸します。返せなければ、"サラ金"以上の厳しい取立てが待っており、半太郎のようににっちもさっちも行かなくなるのが常でした。(み)

※「四三四六」は二つのサイコロをふり、4と3の目が出た場合(丁)、4と6の目が出た場合(半)は胴親が勝ったほうに支払う割合が少なくなるというルール。「狐」はサイコロを3つ使うゲームであるらしい。
『刺青奇偶』で半太郎が「狐三」といっているのはサイコロを3つ使うので"三"と言っているとおもわれる。



解説

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