『妹背山婦女庭訓』(※1)は近松半二らによって書かれ、明和8年に初演された全五段からなる壮大な作品。中でも見所は、花道と仮花道にはさまれた客席を川に見立てた美術で知られる「吉野川」の場です。幕が開き豊かな水が流れる様を描いたセットが現れると、客席からは拍手が沸きました。中島さんはその舞台にあるもの全てを逃さずじっと観ていました。
中島「実は私ね、セットがすごい好きなんですよ。自分たちが作るステージの世界って、どれだけ世離れしているものをお客さんに見せられるかが勝負じゃないですか。そんな中で、一目で違う世界に連れていってくれるセットの力って、すごく大きい。歌舞伎のセットにはしびれますね」
富樫「今日の『吉野川』は、1階真ん中の客席にいる人は川の中にいる設定ですもんね。すでにその時点で異世界ですよね」
中島「そう。入り口からもう別世界だと、時代が違っても設定がどうでも話の中に入っていけるんですよね。女形さんだって、よく観たら普通に男の人なんだけど、あのセットの効果と相まって美しい女性に観えてくるんですよね」
実は中島さん、子供の頃から筋金入りの時代劇ファン!「遠山の金さん」や「大江戸捜査網」が大好きなんだそうです。
中島「勧善懲悪が好きなんですよね。悪いもんはどっかで帳尻あわせてやられるんやなっていうのが好きなんですよ。『必殺仕事人』なんて職人的に悪人を成敗するでしょ。時代劇ってすごいシンプル。みんな時間がないからああなるんでしょうね」
富樫「時間がないとは?」
中島「例えば義経が頼朝に追われて平泉に逃れる話あるでしょ(※2)。そこで弁慶たちと別れる場面って、今生の別れみたいになるじゃないですか。でも平泉って今なら新幹線で日帰りですよ!その『今しかない』っていうギリギリの時間のなさみたいなのが好き」
富樫「今日の『妹背山婦女庭訓』も、最初のシーンでありえない早さで一目惚れしてますもんねぇ」
中島「そうそう。もちろんストーリー性があってのことですけど、そうでもしないと好きな相手に会われへんから、恋に落ちようと思って落ちてると思うんですよね」
富樫「で、親同士が対立してるからってそんなすぐに死ななくても…」
中島「その道しかなかったんか!って思いましたけどね、私も。でも吉野川はほんまに急流らしいですよ」
富樫「(爆笑)まあでも、死ぬ気があるなら急流渡って、手をとって逃げるとか」
中島「私は夜逃げをしろと思いましたけどね(笑)。でも時代物って登場人物が人間的ですよね。今日みたいな悲恋の恋とか、大人の浅はかさって私たちの時代にもあるじゃないですか。時代が違うとかえって自分に重ねないから気持ちにスっと入っていけるのかなって思いました」
時代劇好きだという中島さんの冷静な分析を聞くと「人間くささ」に感じ入ることで歌舞伎との距離が近くなるのだと思います。専門知識がたくさんなくても、豪華なセットに眼をゆだねて非日常空間に自分を連れていくのは歌舞伎ならではの楽しみです。