現代の渋谷から、劇場の中で繰り広げられる江戸へ。そこで歌舞伎の持つ破壊的なパワーを感じとった箭内道彦さんは、翌月、ニューヨークのエイブリー・フィッシャー・ホールを訪れました。渋谷よりもさらに強いアウェイ感、そして“言葉がはまらない感覚”を確かめるために。演目は『隅田川続俤(※注2)』。
箭内「思ったより現地の人が多いですね。さっき隣の席の人に歌舞伎について聞かれちゃいましたよ」
この日の前日、中村座の芝居はニューヨークタイムズの芸術欄で大絶賛されました。前回の『夏祭浪花鑑』とは違いニューヨーカーでも理解できるコメディを選んだことについて、終演後、箭内さんと話をした中村勘三郎さんは「失敗するかもしれないと思った。でも今の歳ならまだ失敗できるとも思ったから挑戦した」と語りました。
箭内「もし自分が今ここで挑戦するとしたらどうしただろうと考えたんですけど・・・。今の自分ならきっと、ニューヨークに無理矢理勝ちに行こうとしたと思う。でも今回の歌舞伎は、ギリギリまで追い込みながらも余裕があるなって感じました」
富樫「それはどんな感覚?」
箭内「追い詰めて、追い詰めて、ギリギリのところから新しいものが生まれるのを知っているし、その瞬間をドキドキしながら楽しんでますよね」
富樫「ポジティブなマゾ感覚」
箭内「ドキドキっていう言葉に尽きると思うんですよね。生きることもクリエイティブも。今日出ていた役者さんたちは勘三郎さんはもちろん、キャリアや経験もあって、ギリギリへの行き方をすごく知っているんじゃないかと思う」
富樫「だから、すごいものを受け取っちゃうんでしょうね」
箭内「演っている人が誰よりもドキドキしているすごさに観ている人は圧倒されるんですよ。観ているほうを上回っていると、ビックリするし、そのドキドキが伝染するんです。ドキドキを上げるひとつのスイッチがアウェイ度数なのかもしれない」
ニューヨーク公演の歌舞伎は「日本の芸能を外国で上演する」という枠を超えていた。「古典」とか「伝統」という枠じゃなく、いま、目の前でリアルタイムに生まれるクリエイティブ。そこに箭内さんは余裕を感じたと言います。
クリエイティブは生き様を映す鏡。創る側と観る側が、結末の見えないものに向かってドキドキしながら走っていく。劇場で生き様の一部分を重ねるからこそ、解放と快感に包まれる。
箭内道彦さんとの感劇道を通して、どう生きるべきか、そんな大きなテーマに想いを馳せました。