椎名さんとともに拝見したのは、9月末に歌舞伎座で行なわれた特別舞踊公演です。『三升猿曲舞』『高尾』『うかれ坊主』といった歌舞伎舞踊の大曲ばかりを上演する豪華な公演。その最後を飾ったのは坂東玉三郎丈の『鷺娘』(※1)でした。
降りしきる雪の中、佇む白無垢の娘。衣裳が引き抜かれ鮮やかな町娘姿になると、わぁっと歓声が客席を包みます。ひとりの男を愛し抜く様を可憐に表現する娘。やがて強すぎた想いにとらえられ白鷺に姿を変えると、待っていたのは地獄の責め苦─
その姿を見つめる椎名さんの頬を、一筋の涙がつたいました。
椎名「よかった。でも“よかった”って言葉も違うというか…一番近い言葉を言うとしたら、怖かった、いま、本当に怖いです」
舞台が終わり、しばし無言だった椎名さんの最初の言葉。
椎名「『鷺娘』を観るといつも、脅迫でも受けているかのような恐ろしさを感じるんです。今日も。作品世界を引きずったまま劇場を出て、ネオンの灯りや帰宅を急ぐ人を見て我に返りました。ああ、日常に戻って来れたって。深い安堵感を」
富樫「今日も無事でしたか」
椎名「そう。無事帰還、というか」
富樫「『鷺娘』って、あの世界への引き込まれかたが強烈ですよね」
椎名「絶滅しゆく生き物を観ているかのような気持ち、観たことないけど、そんな気持ちになります。眼にした瞬間とらわれて、吸い込まれていく感覚。そして吸い込まれたらもう引き返せない恐怖を」
富樫「生とか死が放つ恐怖なんでしょうか。この連載で箭内道彦さんが歌舞伎を観た時に“ギリギリの生命観”を感じたとおっしゃっていました。銀杏BOYZのライブに近いと」
椎名「わかる!すごいわかります!歌舞伎も銀杏BOYZも、新しいものが一瞬、一瞬、なみなみと生きているっていう、血の通った人が生きている姿に打たれる衝撃がありますよね」
富樫「『鷺娘』の最期。悶絶して死ぬあの感じとか、ものすごいパワーですよね」
椎名「めっちゃ死ぬというか。めっちゃ生きるというか。それは同義語なんですよね。やはり身体で、時間とともに朽ちていく宿命を持つ肉体で表現されているものが放つ力ですよね」
生きること。コントロールできないからこそ人はそこに怖れを感じるのではないか。芸は商品のように同じものがコピーされ作られるものとは違う。
繰り返しがないからこそ新しく生まれ続けるもの。
椎名さんは刹那の芸と対峙する、覚悟をお持ちです。