椎名林檎さんはかつてステージで白無垢を纏ったことがあります。
女が、自分の背負った負を雪深い町に捨てに行く─「雪国」(※2)という曲でオープニングを飾るためでした。暗い中に白無垢の女が立っている。その姿は人に、女がワケありだと感じさせるはず─。
椎名「この女には何かある。私にとってそれがピンとくる情景は『鷺娘』だったんです。曲ができあがった時に、現代を生きている人たちにもあの情景をイメージしていただきたいなって。雪が降る夜、白無垢の女が立っている情景を」
実際に白無垢でステージに上がった椎名さんは、自分が観ていた世界に潜む「芸の本質」を再発見しました。
椎名「あの傘、実はとても重いんですよ。でも、歌舞伎の俳優さんたちは、すぅーって、音もなく、すごい軽いもののように感じさせますよね。非日常の世界を創るには、そこに観る者を引き込むには、現実的なことを感じさせちゃいけないんですよね」
富樫「私は結構、邪心がいっぱいで。すごい技だなあ、とか思ってしまいます」
椎名「私は舞台を拝見する時、表現者が観客に見せようとしているもの以外は察知しないようにしています。自分もそれ以外の部分は絶対見せまいとしているところがあるし、ステージに立ったら『大変なんじゃないか』ということを忘れさせるのが芸だと思うんです」
もちろん観客には、表現者がリアルに生きている「背景」も含めて感じたいという欲望がある。けれども自分の時間を割いて来るお
客様には、「世界に没入する快感」を提供することが大切だと椎名林檎さんはおっしゃいます。
椎名「バンドとか、舞踊って、やってみないとあれが大変ってことは分からないんですよね。実際、分からなくていいんです。逆に分からせたらいけませんからね。それよりも、ハッと観て何かが違うと感じて欲しいし、そう思っていただけるものを創りたい」
富樫「表現者ってものすごい強さを放ちながら、それと同じくらい強い孤独を持っているのではないかと感じます。『鷺娘』を観ているとその孤独に勝手に感染してしまうんですけど」
椎名「どんなジャンルであっても、芸を追求するということには哀しさが伴うと思います。身体を資本にする仕事は特に。でもそれは全ての仕事に当てはまります。ただ舞台の場合、自分の平均点を必ず超えるっていうこだわりを持って毎日続けるのが圧倒的なんですよね」