眼が離せなくなる美しさと壮絶な死。
『鷺娘』と出会う前、椎名林檎さんは「似て非なる」衝撃をある作品から受けました。
椎名「中学生くらいの時にロシアのバレエダンサー、リュドミラ・セメニャカ(※3)が『瀕死の白鳥』を踊る最後の来日公演を観たんです。あまりの感激で楽屋にお伺いしたら、ご本人にも会えて…」
富樫「『瀕死の白鳥』と『鷺娘』は比較されることもありますよ」
椎名「セメニャカの『瀕死の白鳥』を観た時のあの感じと『鷺娘』を観て感じることを、いつも比べてしまうんですけど…。全然違う。バレエのほうは、命がただ果てていく哀しみだったり、美しさをより表現していると思うんですけど」
『鷺娘』を観た時、少女の頃経験したセメニャカに対する激情がよぎった。感情の面影を手探りするうち分かったのは、観客としての惹き込まれかたが違っていること。
椎名「『鷺娘』は、恋を遂げられなかった娘の想いや後悔といった“心情”が波のように襲ってくるんです。あの美しさはこの世のものとは思えないのだけれど、眼の前で確かに生きている。我々に近しいものを感じるんです。それは作品が“心”を表現するものだからなんでしょうね」
富樫「娘が実は鷺の精っていう前提がまずファンタジーじゃないですか。なのにリアルな生命感や恐怖がある。ホラー映画で血糊がドバーって出るのとは全く違うけど」
椎名「そうなんですよ。血糊よりもリアルなものがあるんですよね。あそこまで芝居芝居した演出なのに。上手(かみて)に長唄のバンドがいるわけですから。見えてますから」
富樫「(笑)後ろの雪景色、思い切り、木だし」
椎名「そうそう。あと傘を差しておくところとか(爆笑)」
富樫「そう!傘置いとくとこ(爆笑)。冷静に考えるとすごい不思議ですよね」
椎名「けれど俳優さんが、すっと動き出した時点で全然気にならなくなる。その時その場所はもう、東銀座じゃなくなってしまいますからね」
富樫「後から考えるといろいろあるんですけどね」
椎名「セメニャカは、死を恐ろしいものとは感じさせなかったと思うんです。美しさを印象に残すことで、むしろ死とは当たり前のものと感じさせるところに救いがある。でも『鷺娘』は、今日観た玉三郎さんのは、突き落とすような悲しさがあるんです。だから怖いんですよね。でも癖になる。美しさと恐怖が同居する刺激がたまらない」