今年6月。渋谷のシアターコクーンで上演された『三人吉三』(※4)で椎名林檎さんは音楽を担当しました。
闇に吸い込まれるように生きる登場人物たちがふと吐露する心情と、重なり合うギターの音。作品が呼吸をしているように聴こえました。
椎名「あそこは勘三郎さんのアイデアなんです。私自身は、江戸の芝居の途中にエレキの音が入るなんて台無しじゃないですか!?と、ドキドキしてしました」
和尚吉三、お坊吉三、お嬢吉三。同じ名前を持つ3人の盗賊が、行き場のない人生を疾走する物語。ラスト。降りしきる雪の中、命絶える男たちを包んだのは、椎名さんの子守唄。
富樫「椎名さん自身が、死んでゆく三人を包んでいるようでした」
椎名「『三人吉三』は大好きな話なんですけど、観ていていつも気になることがあったんです。あのストーリーって、お母さんとか女が出てこないでしょ」
犬の祟りで死んだ和尚吉三の母親。人さらいにかどわかされ、家族を知らないお嬢。家が断絶し漂泊するお坊。だからこそ人との絆を求め合った3人。物語のクライマックス─兄と慕われる和尚吉三は殺人の咎で追われる義兄弟を救うため自らの弟妹の首を討って身代わりにしようとします。
椎名「毎回あの場面は、誰かとつながっていたいという彼らの純粋な気持ちに感じ入って泣いてしまうんですけど…。ただ冷静に考えるとヘンだなとも思うんです。義兄弟のために血のつながった弟妹を殺すなんて」
定番として受け取られがちな古典の違和感から、椎名さんは眼をそらしません。
椎名「もしかして彼らには親の愛情が足りなかったんじゃないかって。時代背景や貧しさから三人は悪党にならざるを得なかったのかもしれない。けれど、ちゃんと親の愛を受けたけど悪党になってしまった人たちなんだって、思いたいじゃないですか。それで最後にお母さんを出したいなって、子守唄を」
6月のコクーン歌舞伎で感じたのは、劇場が生命装置であるかのような不思議な感覚。あのギターは、胎児がお腹の中で聞く音、母親の鼓動だったのだろうか。劇場は、俳優と観客、芝居の空気全てを包む母親の胎内のようだった。お話を伺い、改めてそんな気持ちになりました。