芝居の大詰。傾城・琴浦をかどわかした舅・義平次に追いついた団七は、畳み掛けられる恥辱に耐えかね刀に手をかけてしまいます。親殺しという禁忌を犯す団七の心情が、美しい型の連なりで表現される場面は歌舞伎の様式美の醍醐味です。
富樫 「初めてでも、歌舞伎の中にある“型”と“間”の気持ち良さは体感していただけたのではないでしょうか?」
為末 「テンポがとてもいいですよね。観る側の気持ち良さを知った上での動きの構築がされているんでしょうね。なんといっても驚いたのは、静寂を続けながら魅せ続けることです」
富樫 「見得が続く場面ですね」
為末 「主人公が舅を殺してしまう場面は、静まり返った中で型を決めていくことでリズムが気持ちよくはまっていきますよね。でもエンターテインメントの中であれだけシーンとした場面が続くのは、西洋には多くないと思います。静まり返った中で、さらにピタっと動きを静止させて美しさを表現するのは日本独特の感覚かもしれません」
陸上競技もまた、“間”が重要なのではないでしょうか。アスリートにとっての“間”の作り方とは。
為末 「陸上競技は皆さんご存知の通りスピードを競うものですが、“間”という意味でいうと“待つ”ことがとても大事です。走るという動きは、空中に上げた足がもう一度地面に着いた時の反動を推進力にして前に進みます。ですから足が着くタイミングを自然に待って踏めばいいのですが、踏み急いでしまうことがあります。すると“間”が崩れていきますね」
富樫 「“踏み急ぐ”とは?」
為末 「緊張した方のスピーチを聞いていると、どんどん早口になっていきますよね。それと同じで、アスリートも緊張すると足が地面に着く“間”が待てなくなるんです」
富樫 「では“間”を作るには精神的な鍛錬が必要になりますね」
為末 「自信を持てるかどうかが大きいですね。今日の芝居を観ていても、劇場中がシーンとする瞬間があるじゃないですか。皆が自分に注目していて、気持ちよい型を期待されている。期待に応えるタイミングで型を決めていくには、自分はやれるという自信がないとできないだろうな、すごいことだなぁと思いながら観ていました」
一瞬、一瞬の動きを正確に決め込むのは、鍛錬はもちろん、鍛錬を積み重ねた上での自信。緊張のあまり間を待てない選手がそれを克服するには、10年、20年の歳月が必要な時もあると為末大選手は言います。
“速さ”そして“美しさ”――刹那に全てを懸けられるのは、努力だけではない、類い稀なる才能を持つ一握りの人間だけなのかもしれない。だからこそスポーツも芸術も、観る者の心を打つのだと改めて考えさせられました。