為末大選手は現役アスリートとして活動を続ける一方で、2007年5月に東京・丸の内で「東京ストリート陸上」を開催するなど、陸上競技の魅力をより多くの人に伝えるための施策を行っています。
為末 「歌舞伎のように芸術を継承していくことを、遺伝子のジャンルで“文化的遺伝子”と言うのですが、身体で受け継ぐだけではなく“空気”で受け継ぐ部分がとても大きいんですよね。芝居を観て、その空気が江戸から脈々と続いている印象を受けました」
富樫 「歌舞伎では演じる役に“肚(はら)”がある、ない、ということをよく言います。単純な動きではない、その人物らしさと言いますか…まさに空気の伝承があると思います」
為末 「陸上競技もテクニックだけではなくそういった“空気”を伝えていくことが重要だと私は思っているんです。陸上の世界ではアメリカの選手が圧倒的に強い。それはなぜかと言うと、彼らは幼い頃から厳しい競争や、勝ち負けで自分の行く道が決まるというシビアな環境に慣れているんです」
現役選手として活動できる時間の限られている陸上競技は特に、競争に勝ち抜く強靭な精神、瞬時の判断力が重要な世界だと言います。
為末 「普段のトレーニングはもちろんですが、それよりも出場するレースで失敗したら自分は何を失うか、成功したら未来に何が起こるのか…それをリアルに判断して動きに移せる人間が強い。日本人は決断や結果をオブラートに包むところがありますよね。シビアな勝負強さを空気で伝えていくことが、日本選手を強くするために大事なことかなと思っています」
富樫 「一方で日本人には、自分が捨てるものは何か…それをずっと考え続けていて、タイミングが来たら瞬時に捨てる潔さもありますよね。今日の芝居で団七が舅を殺すあの刹那の迫力は日本人独特の感覚では…」
為末 「私はああいう潔さがすごく好きですね。常々、究極の決断は人生の選択の中でも一番早くしたいと思っていますから。そのためにはいつも心にその決断を問うていないと難しいですよね。自分の中に価値観を定めながら生きている。団七のように究極の決断を一見さらりとして、その後、なんでもなかったようにできるカッコよさは気持ちがいいです。今日、芝居を観てそう思いました」
「侍ハードラー」の異名を持つ為末大選手。過酷な競争に晒される国際舞台で戦うアスリートの体内には、世界クラスの強豪と走る中で磨き上げられた日本人のスピリッツが滾(たぎ)っている。それは私たち日本人の遺伝子が受け継いできた「空気」そのものかもしれません。