映画『キル・ビルvol.1』の宣伝CMでも話題になったのは、決闘のラスト。雪が降りしきる日本庭園のシーンです。白い着物に身を包み、カタコトの日本語を話すルーシー・リュー。ぎこちない殺陣。それでもひとつの世界観が完成している不思議な感覚。
種田 「雪も、監督が『リアルな感じじゃないものにして欲しい』というので様々な材質を試したんです。歌舞伎の舞台で使う紙の雪から始まり、羽毛を雪に見えるように降らせたり…。最終的に撮影に使ったのは泡の雪です」
富樫 「泡を使ったんですか!画面を通しての質感は紙の雪に似ていました」
種田 「軽い泡なので、落ちる速度が通常よりもゆっくりなんです。それが違和感を演出しているんですよね。タランティーノは最初、紙がいい!と言っていたのですが、キャメラを通すとはっきり紙だと分ってしまうし、素早く落ちてしまうのでそれはやめました」
富樫 「映画はリアリズムを追求するところにひとつの到達点がありますよね。一方で歌舞伎をご覧になるとどのような感覚ですか?美術は書割ですし、雪は紙、その“ニセモノ感”を全く隠さないという…」
種田 「歌舞伎の美術や空間の面白さは、観客が想像力で補って観ることで世界が完成するところですよね。観る側が勝手に省略したり、自分の記憶の中にあるリアルな場面と重ね合わせながら感情移入していく双方向性の作品だと思います」
富樫 「舞台が大きいから、いろいろなところを観ていますしね」
種田 「掛け声が掛かるのもそうですよね。役者の台詞と観客の掛け声で、その時、そこでしか観ることのできない作品が成立している…」
種田さんが少年だった頃、映画館はまさに今の劇場の賑わいに溢れていたと言います。
種田 「例えばヤクザ映画で高倉健が追いつめられて、追いつめられて敵を斬る場面があるとしますよね。すると客席から『よし、いいぞ!』って声がかかるんですよね。それよりちょっと前に斬ろうとすると『まだだ!』とか」
富樫 「楽しそう…」
種田 「今の映画は映像世界に観客を引き込むという感じだから、虚構の世界を観ている自分も含めて楽しむという感覚は薄れてきているかもしれないですよね。でも演劇も映画も、受け身でいるよりも眼の前で劇が繰り広げられているバカバカしさに参加するのが楽しいんだと思うんです」
富樫 「掛け声でいうと、歌舞伎を観ていて一度、大道具に声が掛かったことがありますよ。そこにも掛けるのか!って驚きましたが…」
種田 「素晴らしいですね!やはり大道具も役者と同じ観て楽しむものだという感覚が歌舞伎にはあるということなんですよね。僕もそんな風にお客さんに声をかけてもらえるような仕事を目指したいなぁ。素晴らしい」