歌舞伎公式総合サイト 歌舞伎美人 かぶきびと

芝居の大入りを願う―文字に隠された作者の願い

 「自分で言うのもなんですけれど、文字を書くのが楽しいんです。毎日こうして紙に筆をのせる度にぞくぞくするんですよ」

 歌舞伎の筋書や宣伝チラシに看板、俳優の楽屋の入り口に掛けられる楽屋札…、劇場まわりのあらゆるところで目にする伏木さんの文字。 仕事場は、これまでに書いた作品の数々で埋め尽くされていました。

 「毎朝4時に起きて、ちょっと落ち着いてから机に向かいます。1日が24時間しかないのが惜しくてね。寝る時は、早く4時にならないかなと思う。それほど文字が書きたいんですよね」

 勘亭流の文字が生まれたのは安永8年(1779年)の正月。 江戸中村座・九代目の座主、中村勘三郎に劇場の表看板や番付を依頼された書家・岡崎屋勘六が、歌舞伎らしい三つの願いを込めた文字を創ったのが始まり。「勘亭」とは勘六の号です。

 ひとつは文字の線を太く書いて隙間を少なくし「客席に隙間がなく大入(おおいり)になるように」との願い。

 ふたつ目は線を尖らせず文字に丸みを持たせ「興行の無事円満を図る」こと。

 そしてハネは全て内側に収め「お客をハネ入れる」ようにと願います。

 縁起がよい上に芝居の風格や賑々しさを演出した岡崎勘六の看板は大好評を博し、中村座に続いて江戸中の劇場が次々と勘亭流を使ったことから歌舞伎の文字として定着しました。寄席文字や相撲文字とは全く違う、歌舞伎のための文字デザインなのです。

 「勘亭流は筆にたっぷりと墨を含ませて、ゆっくりと書いていきます。ふつう、書は一度書いたところをもう一度なぞるということはしませんが、勘亭流は細い部分に足しながら太く書いていきます。書というよりも絵画みたいですねと言われることもあります。この、ゆっくりと手を動かすのが難しいのですが、できるようになるとね、思うところに手がいくようになります」

 書く時はいつも、左手の甲の上に右手をそえるのが寿亭さんのスタイル。こうすると、手が固定されるのでゆっくり動かしてもぶれないのだと言います。

 「両方の手を重ねると不思議と気持ちが安定するんです。なにより、筆を持っているのは右の手だけれど左の手がそれを手伝って、両方の手でひとつの文字を創り上げる気持ちになるでしょう。それがいいんです」

 伏木寿亭さんが勘亭流の門を叩いたのは40代半ばのこと。家の表札を自分で新調するため書店でたまたま手にとった勘亭流の文字に心惹かれたのがきっかけでした。以来35年。芝居を観続け、歌舞伎の魂を文字に託し続けています。

 

 

 

ひょうたんにも勘亭流の文字。以前、黒森歌舞伎(酒田市)の番付を書いていた時に贈られてきたひょうたんに寿亭さんが筆を入れた。



前のページへ 1 2 3 4 次のページへ

江戸職人手帖

今回ご紹介するのは現代の私たちの目にも新鮮に映るエキゾチックなデザインと江戸好みの渋い色合いが融合した、江戸更紗の世界です。—2010.03.25

江戸時代から現代へ。職人の手から手へと伝えられてきた技を、浮世絵の工房に探る第2回は、アダチ版画研究所の「摺り」の現場におじゃまします。—2010.02.25

東京で江戸からの手法を守り抜くアダチ版画研究所さんにおじゃまして、職人の手に宿る江戸の技とデザインを探ります。—2010.01.26

役者がまるで眼の前で芝居をしているかのように臨場感溢れる姿を見せる押絵羽子板。今回は鴻月さんと、息子の和宏さんの製作現場を取材しました。—2009.12.21

向島で江戸の技を今に残す羽子板の「鴻月(こうげつ)」さんを訪れ、芝居と羽子板の深い関係をお伺いしました。—2009.11.20

ゆしまの小林(おりがみ会館)の館長で折り紙名人として知られる小林一夫さんのご案内で、伝承される染め技術をご紹介します。—2009.09.25

東京・湯島で江戸末期から千代紙づくりを続けている老舗、ゆしまの小林(おりがみ会館)を訪れました。江戸のデザインを通して、日本人が愛でてきた美に迫ります。—2009.08.25

勘亭流の書家、伏木寿亭さんの仕事場を訪ねてお話を伺う2回目は、見慣れた文字ひとつひとつに込められた工夫と想いに迫ります。—2009.07.23

江戸小紋の人間国宝・小宮康孝さんの工房を訪ねる第二回目は、町人文化から生まれた洒落っ気いっぱいの小紋の世界を探訪します。—2009.05.26

第一回目は、極小の美と呼ばれる「江戸小紋」の世界を探訪します。遠目からは色無地にしか見えない着物に息づく、きりりと引き締まった文様。—2009.04.22

ページの先頭へ戻る