当たり役として知られる『義経千本桜』の忠信。「吉野山」「川連法眼館」の二幕を続けて勤めるのは肉体的にも精神的にも計り知れないエネルギーを必要とします。
「『吉野山』はほかの道行と違って、静御前と佐藤忠信という主従関係の緊張感を感じていただけるように心がけています。主君の義経の命を受け静を守りながら旅路をゆくのに、男女の色っぽさがでると忠信という役の芯がぶれてしまいます。最後の最後に狐の正体を現すところをドラマチックに見せるためにも、いかに忠義に厚い武士の肚を保つか。張りつめた気持ちで演じています」
続く「川連法眼館」では、狐の正体を明かした後、階段から登場するケレン、早替り、と上演中ずっと駆け回ります。
「狐になってからの激しい所作は大変でしょうとよく聞かれるのですが、実は前半の袴をつけているほうが動きとしてはきついです。階段のところで反り返る時に長袴がきれいに揃っているか、その美しさを保ったまま動き続けられるかと神経も使います。ですから『四の切』の芝居作りは、袴が美しくさばけるように大道具と打ち合わせをして階段の寸法を微妙に調整したり、幕が開く前から始まるんです。また、狐が飛んだり跳ねたりした時に床が大きな音をたてないかなどの点も毎日直前にチェックしなければならない。『吉野山』から続くと幕間にやることが山ほどあるので、とても忙しいんです」
「吉野山」と「川連法眼館」の間の幕間には、顔もやり直すと言います。家臣・佐藤忠信の凛とした顔、親を失った子狐の情感を朱で描き分けます。
そして、「『四の切(川連法眼館)』には大きく分けて五代目、六代目が完成させた音羽屋型と市川猿之助さんが作った澤瀉屋型があります。先代が完成させた型を受け継ぎながらも、若い頃から探り続けてきたのは親を失い天涯孤独となった狐の心情です。
「先代が作り上げた表現を身体に叩き込んでいますし、若い頃は共演者の皆さんが『先代はこうしていたよ』と教えてくださるものですから、型の意味を考えながら演じてきました。ところが演じ続けると、忠信の気持ちに自分が入り込んで生まれる動きというものもある。型を守る一方で、心の動きから出てくる所作で自分なりの芝居が作れるようになってきました。作って演じるのは楽しいですね」
新しい歌舞伎座の舞台でも通しで忠信を―
「劇場が出来上がる頃は今よりも体力は落ちているでしょうから、その時になってみなければわかりませんね。でも『じゃあ息子さんで』と言われたら『いえ、やっぱり私が演ります』って言うんでしょうね(笑)」