歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎座 「四月大歌舞伎」『彦山権現誓助剱』
知っているともっと面白くなる!

ようこそ歌舞伎へ 中村東蔵

役になっていれば、出てきただけでそう見えれば、何でもあり

 ――老女方を初めて勤められたのが、お幸とうかがっております。老けをなさるときに、意識されることはありますか。

 以前は、「こういう役はこう」というようなこだわりがありましたが、この頃は、その役にさえなっていれば、何でもありなんだと思うようになりました。近年はビデオ映像があるので、以前の録画を拝見します。『国性爺合戦』の渚を勤めるときに、今の山城屋のお兄さん(坂田藤十郎)の渚の映像に接し、「こういうやり方もあるんだ」と目から鱗が落ちるように思いました。

 ――どんなところでしょう。

 お兄さんは写実的なところもおありで、また、お婆さんはこう、という想像を超えたことをなさってもいます。そういうやり方をなさっていても、やはり渚なんです。こういうお婆さんもあるし、こういうやり方もあるんだと気付きました。

 ――老け役を演じられる機会が増えました。

 老け役は下に手を突いて動くことも許されますから、体は楽です。お姫様で、「どっこいしょ」というわけにはいかないでしょ。でも、こんな話もあります。昔、僕が『嫗山姥(こもちやまんば)』の沢瀉姫を勤めたときに(昭和43年2月歌舞伎座)、成駒屋の古いお弟子さんの中村梅花さんに教えていただきました。梅花さんが、「お姫様でも昔は脇息にもたれたりしたものですよ」とおっしゃったんです。

 それで、僕が脇息にもたれたら、高島屋のおじさん(三世市川左團次)に「婆さんみたいだ」と言われました。脇息にもたれかかってもお姫様に見えれば、それでいいのですが、婆さんに見えてしまったらいけません。見えれば許されるし、見えなければ許されない。結果次第です。

 ――そう見える、見えないは難しいところですね。

 歌舞伎は形から入るのが理想です。気持ちから入ると落ち着きのないような感じを与えてしまうことがあります。出ただけでそう見えなければいけない。見えなくても「ここを直せ」とは口では言えない役もあります。何もせず、ただぽっと出てきても、そう見えればいいんです。

歌舞伎座「四月大歌舞伎」

平成28年4月2日(土)~26日(火)

『彦山権現誓助剱』杉坂墓所 毛谷村

毛谷村六助 片岡  仁左衛門
お園 片岡  孝太郎
杣斧右衛門 坂東  彌十郎
微塵弾正実は京極内匠 中村  歌 六
お幸 中村  東 蔵

“しなければならない”から解放されて

 ――お役を演じられる際に、いつもどんなことを心がけていらっしゃいますか。

 経験を重ねるうちに、「こうしなければならない」というところから段々に離れてきました。

 以前、名古屋の中日劇場公演で、(二世中村)鴈治郎のおじさんと楽屋をご一緒することがよくありました。おじさんは若い方のお芝居をご覧になり、「ええことするな」とおっしゃる。先輩方は大抵、リップサービスで「ええことする」とおっしゃるのですが、おじさんは本当にその演技を取り入れて、舞台をお勤めになられることがありました。「おじさんは油断がならないな」と思ったものです(笑)。

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