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歌舞伎いろは

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新橋演舞場「壽新春大歌舞伎」『雙生隅田川』
知っているともっと面白くなる!

ようこそ歌舞伎へ 三代目 市川右團次

皆がびしょびしょになった「鯉つかみ」

 ――『雙生隅田川』の初演は昭和51(1976)年10月の新橋演舞場、再演が昭和60(1985)年10月の歌舞伎座です。今回の上演は平成6(1994)年7月の歌舞伎座以来、23年ぶりです。これまでの舞台にはどんな思い出がおありですか。

 初演では人形作家の辻村ジュサブローさんが天狗の人形を遣い、宙乗りをなさいました。中学一年生で舞台を見ておりましたが、強烈な印象を受けました。昭和60年の上演では、近習の小布施主税役で出演しました。師匠(猿翁)の軍介が本水で「鯉つかみ」の立廻りをし、捕手を含めて皆がびしょびしょになったのを覚えています。

 そのときに亀治郎時代の四代目猿之助さんが梅若丸、松若丸の2役をなさいました。実は、襲名にこの狂言はどうかと提案してくださったのも四代目さんです。天才子役が10歳直前で勤めた梅若丸、松若丸を、初舞台の6歳の私の息子が演じるのですから、ハードルが高いですよね。

 ――これまでの上演との変更点はございますか。

 場割もまったく変わり、上演時間も短くなります。カットしたり、再構成をしたり。これまでの3度の上演でも、その都度変更が施されています。石川耕士さんの補綴ですが、台本を読むと、これまでの本よりも削ぎ落とされ、筋もとてもわかりやすくなっています。

新橋演舞場「壽新春大歌舞伎」

平成29年1月3日(火)~27日(金)

三代猿之助四十八撰の内
通し狂言『雙生隅田川』

猿島惣太
後に七郎天狗/奴軍介
右近改め市川  右團次
班女御前 市川  猿之助
大江匡房 市川  中 車
淡路前司兼成 市川  男女蔵
小布施主税 中村  米 吉
次郎坊天狗 大谷  廣 松
梅若丸/松若丸 初舞台市川  右 近
局 長尾 市川  笑三郎
勘解由兵衛景逸 市川  猿 弥
惣太女房 唐糸 市川  笑 也
吉田少将行房 市川  門之助
県権正武国 市川  海老蔵

せりふ回し一つにしても正解はいくつもある

 ――「四十八撰」に代表される猿翁さんの「猿之助歌舞伎」。どんな思い出がおありでしょう。

 寝ないで稽古するのは当たり前でした。私はよく、師匠の稽古代役を勤めておりました。「スーパー歌舞伎」など新作で、最初の本読みの段階から私がやらせていただきました。そして、たとえば4月の興行なら3月20日過ぎぐらいになると、師匠が「僕がやるから、今日からいいよ」とおっしゃり、それで私も本当の自分の役ができることになります。

 自分がそれまで演じていた役を師匠が演じるというのは、難しい問題集の答えがいきなり返ってくるようなものです。初めて拝見する師匠の演技にこちらは、目から鱗でした。「あなたはこうやったけど、僕はこうやるんだよ」。師匠がそうおっしゃっているように見えました。女方さんの扱い方、小道具の使い方、間の上手さ。もう脱帽でした。「ここは正解だったな」と思うときもあれば、不正解を思い知らされることもありました。自分の工夫を師匠が採用されたというときもありましたねぇ。うれしかったです。

 ――猿翁さんのご指導はどういうふうに行われていたのでしょうか。

 稽古の途中で、師匠は「そこは右に行って」という程度のことは口にされますが、せりふ回しの注意などはなさいませんでした。演技そのものやせりふ回しは、「みんな僕になってしまうから」とおっしゃってあまり細かく教えてはくださいませんでしたが、「このせりふが楔だから、ここで打っておかないと後で効いてこないよ」とご注意をいただきました。

 『勧進帳』などの古典は正解が限定されると思いますが、多くの芝居はせりふ回し一つにしても正解がいくつもある。ある程度の枠の中で動いているもので、そこから個性も出てくるというお考えでしょう。いろいろ勉強させていただきました。

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