歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎座「三月大歌舞伎」『助六由縁江戸桜』
知っているともっと面白くなる!

ようこそ歌舞伎へ 中村雀右衛門

父が殊に大切にしていた揚巻

 ――揚巻は衣裳も豪華です。五節句をモチーフにした衣裳に場面に応じて着替えます。

 海老のつくりものなどのついた正月、桜の3月、鯉の滝登りの5月、7月の七夕模様と衣裳を改めます。帯は前に下がった俎板帯(まないたおび)で飾りが重いんですよ。

 ――鬘(かつら)は伊達兵庫で大きく立派です。18本の簪(かんざし)と3本の櫛で飾られているそうですね。

 昨年12月の京都での「顔見世興行」で勤めた『廓文章』の夕霧のほうが、実は頭は重いんですよ。

 ――お父様の揚巻などで白玉を4回勤めていらっしゃいます。揚巻はお父様の当り役でもありました。どんな印象を持たれましたか。

 父の濃密な芸風が揚巻のような役だと、より濃く出たのかもしれませんが、傾城らしい色気があり、大きなお役だということも感じました。白玉を演じている間、父の揚巻のせりふをずっと聞いておりましたし、せりふの言い方や声の調子は記憶に残っております。

 父は死ぬまで綺麗な役を好んで勤めておりましたので、揚巻は殊に大切にしていた気がします。父の揚巻には気迫がありました。風邪だったのでしょうか、高熱を出しても平然と舞台に出ておりましたので、私も気が付きませんでしたが、熱が下がり、すべてが終わってから、あのときは苦しかったんだと言っておりました。

お客様をはっとさせる

 ――助六は海老蔵さんです。お父様も海老蔵さんの助六で揚巻を勤めておられたので、親子二代になりますね。

 海老蔵さんが、助六を初演したときに、父が揚巻に出てとてもよかったので、今度は僕をと望んでくださいました。親子二代で勤めることになったのはありがたいです。

 ――お父様の揚巻で、特に大切なのはどういうところになりますでしょうか。

 父は出と引込みの重要さを、常に申しておりました。特に揚巻は、花道を出てきたときお客様に、はっとしていただけるような風情がないといけません。ただそれは、「こうしたからできます」というものではありません。長年舞台の上に立たせていただいたものが、少しずつ出てくるのかなと思います。

 幸いなことに父が揚巻をしたときに並び傾城でも何度か出していただきましたし、白玉も勤めました。その経験を少しでも出すことができれば幸いだと思います。傾城のなかでも特に大きな役です。『御所五郎蔵』の皐月や『黒手組助六』の揚巻などの傾城役を勤めた経験を糧に、父を手本にできたらと思います。

 ――幕切れに揚巻がたっぷり見せる裲襠(うちかけ)の絵は、揚巻の俳優が日本画家に依頼される場合がほとんどです。今回はどうなさいますか。

 父になぞってさせていただくので、父が片岡球子先生に描いていただいた掛け(裲襠)を用います。

歌舞伎十八番の内「吉例顔見世大歌舞伎」

平成29年3月3日(金)~27日(月)

歌舞伎十八番の内『助六由縁江戸桜』

花川戸助六 市川  海老蔵
三浦屋揚巻 中村  雀右衛門
くわんぺら門兵衛 中村  歌 六
朝顔仙平 市川  男女蔵
通人里暁 坂東  亀三郎
三浦屋白玉 中村  梅 枝
福山かつぎ 坂東  巳之助
傾城八重衣 坂東  新 悟
同 浮橋 尾上  右 近
同 胡蝶 大谷  廣 松
同 愛染 中村  児太郎
男伊達山谷弥吉 澤村  宗之助
同  田甫富松 市川  男 寅
文使い番新白菊 中村  歌女之丞
奴奈良平 市川  九團次
国侍利金太 片岡  市 蔵
遣手お辰 市村  家 橘
三浦屋女房お京 大谷  友右衛門
曽我満江 片岡  秀太郎
髭の意休 市川  左團次
白酒売新兵衛 尾上  菊五郎
     
口上 市川  右團次
後見 市川  右之助
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