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歌舞伎いろは

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歌舞伎座「壽 初春大歌舞伎」『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」
知っているともっと面白くなる!

ようこそ歌舞伎へ 二代目松本白鸚

千代に対する気持ちをどう表すのか

 ――松王丸は三つ子で、梅王丸、桜丸という兄弟がいます。ですが、菅原道真の娘の苅屋姫と斎世(ときよ)親王の恋を取り持ち、道真失脚の原因をつくった桜丸は、責任を感じ、切腹して果てました。松王丸は身代わりになった小太郎を誉めた後に、桜丸の不幸な最期を嘆きます。

 「桜丸が不憫でござる」と言って桜丸のことを思い出し、息子の身代わりに重ね合わせて泣きます。そのときに、次のせりふを「桜丸が不憫でならぬ」と千代にかける型もございます。私は両方やりましたが、あまりそこで千代に情を移すと、集中したものが分散するような気もいたします。千代に言葉をかけるやり方をしたのは2、3度でしょうか。そのつもりではなくても、千代の姿に心打たれて思わず言葉をかけたこともございます。

 ――今回はどちらになさいますか。

 千代も桜丸が最後を迎える場面の「賀の祝」におりましたので、桜丸を悼む気持ちがある。そう考えて千代に声をかけるときと、集中して最後の大落しまで行くために、声をかけないで、自身の悲しみを表すという演じ方とどちらがいいのかと考えております。

 千代に対しては我が子を犠牲にした後ろめたさもあります。千代に詫びる気持ちに、桜丸を悼む気持ちが絡んでくる。家庭劇としてとらえれば声をかけても成立すると思いますが、どちらにしても、松王丸は幼い小太郎という子がいる若い父親の役ですから、その気持ちで演じたいですね。

歌舞伎座「壽 初春大歌舞伎」

平成30年1月2日(火)~26日(金)

『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」
(すがわらでんじゅてならいかがみ てらこや)

松王丸 幸四郎改め二代目 松本  白 鸚
武部源蔵 中村  梅 玉
千代 中村  魁 春
戸浪 中村  雀右衛門
涎くり与太郎 市川  猿之助
百姓  良作 澤村  由次郎
同 田右衛門 大谷  桂 三
同   鍬助 市川  寿 猿
同   米八 嵐   橘三郎
同   麦六 片岡  松之助
同  仙兵衛 中村  寿治郎
同  八百吉 中村  吉之丞
百姓  吾作 中村  東 蔵
春藤玄蕃 市川  左團次
園生の前 坂田  藤十郎

我が子を思ってご覧になっていたお客様

 ――最後は「いろは送り」になります。菅秀才の母である園生の前が寺子屋に現れ、小太郎の遺体に全員が焼香をします。「御台若君もろともに、しゃくりあげたる御涙」と義太夫が語ります。

 歌舞伎では義太夫の語りに乗って芝居をいたします。お焼香の場が芝居になるというのは、歌舞伎ならではと思います。

 ――歌舞伎には子どもを身代わりに立てる演目が多いですね。

 歌舞伎には身代わり劇というのがよく出てまいります。『寺子屋』しかり、『熊谷陣屋』しかり、形は違いますが『盛綱陣屋』も。第二次世界大戦の敗戦のあと、お客様のなかには、戦場で失った夫や我が子に置き換えて、犠牲になった小太郎や『熊谷陣屋』の小次郎、また、『盛綱陣屋』の小四郎をご覧になる、そういうお客様がほとんどでした。

 播磨屋の祖父の舞台のときのことですが、ご覧になっているお客様が、我が子を身代わりに立てるという悲しいお話を、まるでご自分のこととしてとらえ、涙してご覧になっていらっしゃるお客様もいらっしゃいました。

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