歌舞伎いろは

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歌舞伎座「六月大歌舞伎」『妹背山婦女庭訓』「三笠山御殿」
知っているともっと面白くなる!

ようこそ歌舞伎へ 中村時蔵

初舞台、襲名披露と縁の深い「三笠山御殿」

 ――お三輪は寺子屋に通うような少女です。その娘らしさをどう表現されますか。

 自分の好きな人のために最後は命を捧げる、一途で哀れなはかない女性です。また、若く見せなければなりません。ただ、歌舞伎、特に義太夫狂言は江戸当時の現代劇である世話物や書き物(新作)とは違います。江戸時代から見ての時代物。様式性があり、演技力を必要とします。ですから、若ければいいというものではありません。それが義太夫狂言の難しさです。

 ――時蔵さんは、お父様である四世時蔵さんの昭和35(1960)年4月歌舞伎座での襲名披露で、初舞台を踏まれました。演目は「三笠山御殿」で、お父さまのお三輪、十七世中村勘三郎さんの豆腐買おむら、時蔵さんは小賤女おひなでした。

 勘三郎のおじさんの豆腐買に連れて行っていただいて、一緒に口上を言って引込みました。子どもですので、お菓子かおもちゃに釣られて出ちゃったようなものでした。時蝶さんが、上手(かみて)から「こっちこっち」と呼んでくれ、そちらに引込みました。

 ――昭和56(1981)年6月の歌舞伎座での五代目時蔵襲名披露で、心に残っているのはどんなことですか。

 勘三郎のおじさんや祖母(三世時蔵夫人、小川ひなさん)がいたこともあり、成駒屋のおじさん(六世歌右衛門)が橘姫に出てくださいました。(中村)獅童の初舞台でもありました。

 26歳でしたから、気持ちとか芝居よりも、女方の心得、女方の身のこなしを、おじさんはよく教えてくださいました。初役の頃は、「あれを聞いては」で御殿に戻ろうとするところが、頭はさばかなければいけないし、肌は脱がなければいけないし、することが多いので大変でした。そういうことを全部自分のなかにとり込んで、段取りに見えないように勤めなければと思います。

歌舞伎座「六月大歌舞伎」

平成30年6月2日(土)~26日(火)

『妹背山婦女庭訓』「三笠山御殿」
(いもせやまおんなていきん みかさやまごてん)

杉酒屋娘お三輪 中村  時 蔵
漁師鱶七実は金輪五郎今国 尾上  松 緑
烏帽子折求女実は藤原淡海 尾上  松 也
入鹿妹橘姫 坂東  新 悟
荒巻弥藤次 坂東  亀 蔵
宮越玄蕃 坂東  彦三郎
豆腐買おむら 中村  芝 翫
蘇我入鹿 坂東  楽 善

王朝物の重い芝居としてしっかり勤める

 ――節目節目に演じられているお役です。

 思い出深い、とても大事にしている狂言です。父の三十三回忌追善(平成6年6月歌舞伎座)でも勤めました。自分の子どもたちにも見せておきたいなという思いがあり、常々やりたいと思っていたのが、今回ついに適いました。

 『妹背山婦女庭訓』は、王朝物のなかでも一番重い芝居だと思います。とりわけ「三笠山御殿」は華やかな部分があり、若いお三輪が中心の場面でもあるので、成駒屋のおじさんの足元にも及ばないでしょうが、教えていただいたことをきちんと勤めたいというのが一番の思いです。

 ――回数を重ねられ、今はどんなことを思われますか。

 芝居は不思議で、何回か演じているうちに、ふっとできちゃうときがあるんですよね。そのときはできたと思わないで、あとで気づく。それが、実力がついてきたということで、そうなると初役をいただいても昔ほど困らずにできるようになるのだと思います。

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