![]()
|
|||
|
|||
その後戦前は洋画を中心に、戦中と戦後すぐには邦画封切館として興行、そして、昭和27年(1952年)7月からは洋画封切館として再発足、数々の名作を上映し、平成6年(1994年)5月洋画封切館としての歴史の幕を閉じました。そして平成9年(1997年)、正面の大アーチをそのまま生かし、多種多様の演劇に対応できる、最新の舞台機構と設備を備えた劇場として新築開場されました。 |
|||
|
|||
クライマックスは歌舞伎俳優らをはじめとする122人が舞台に勢揃いしての「古式顔寄せ手打式」。これは出し物などの確認をおこなうためのもので、挨拶などの後、市村羽左衛門丈の発声により「大阪締め」で締めくくられました。今回行われたこの「古式顔寄せ手打式」は、近代以降、関西では初めてとのこと。 そしていよいよ最後のプログラム、ソプラノ歌手・中丸三千繪さんの「アヴェ・マリア」など4曲の独唱では、会場から割れんばかりの拍手が起こり、大阪松竹座の新築開場式典は華やかに終了いたしました。 |

大林組の木村得三郎によって設計された正面の大アーチが特徴的なネオ・ルネッサンス様式の建築は、大阪の顔として親しまれました。開館は同年5月17日でドイツ映画『ファラオの恋』、松竹蒲田作品『母』、そして松竹楽劇部(後のOSK)による『アルルの女』でした。
大阪松竹座の新築開場記念式典が平成9年(1997年)2月26日、盛大に開催されました。