
数多い歌舞伎舞踊の中でも上演回数が多く、人気のある作品です。
僧安珍に恋した清姫の執念が蛇と化して男を追い、紀州道成寺の釣鐘にかくれた安珍を鐘もろとも焼き殺したという伝説に由来しており、道成寺で再建された鐘の供養の日に清姫の霊が白拍子に化して現れるという後日譚の形式をとった舞踊です。宝暦3年(1753)3月江戸・中村座で初世中村富十郎が初演して以来、代々の名優によってくり返し演じられ現代に伝わりました。
藤十郎は中村扇雀時代に、『娘道成寺』を本公演で初めて勤めて以来、平成3年の三代目鴈治郎襲名時にも演じ、また、平成11年六月博多座柿葺落しでも上演され喝采を浴びました。今回は喜寿を記念しての話題の舞台です。
出張専門の髪結いで小悪党の新三は、材木屋白子屋のひとり娘お熊と、恋仲の手代の忠七をさらい、白子屋から身代金をせしめようとします。誘拐された娘を取り戻そうと白子屋から依頼を受けた親分の弥太五郎源七が新三のもとを訪れますが、持参した金額の安さをなじられ、交渉は決裂。が、続いて現れた老獪な家主の長兵衛が、まんまと新三をやり込め、お熊を取り戻すことに成功します。顔に泥を塗られて収まらない弥太五郎源七は、閻魔堂橋のたもとで新三を待ち受け、仕返しに及びます。江戸の市井の風俗をみごとに活写した、河竹黙阿弥の代表作です。菊五郎が当り役の新三を生き生きと演じます。
春の加茂堤。桜丸と八重は、斎世親王と菅原道真の養女・苅屋姫の仲を取り持ちますが、道真失脚を目論む藤原時平の家臣・三善清行が現れ事態が一変。親王と姫の接近は道真に謀反の濡れ衣を着せる材料となり、道真は大宰府へ流罪となります。
佐太村の道真の領地を預かる白太夫は、今年70歳。その「賀の祝」に三つ子夫婦がくることになっています。訪れた松王丸と梅王丸が「車引」の遺恨から喧嘩となり、道真が愛した桜の枝を折ってしまいます。戻った白太夫は桜を目にするものの、咎めだてしません。2組の夫婦が帰り、先に来ていた桜丸が現れます。桜丸は、道真流罪の責任を取るため切腹を決意していたのでした。助けたい一心で氏神に詣でたものの占いは凶、桜の木まで折れたのを知り、白太夫も桜丸の運命を受け入れます。父の介錯で死ぬ桜丸。親子の別れとしては、あまりに悲劇的な場面です。桜丸を梅玉が、女房の八重を時蔵が勤めます。
東大寺二月堂の「お水取り」を舞踊劇に仕立てた作品で、昭和42年2月、二代目尾上松緑が初演して以来、今回が8度目の上演となります。平成8年に菊五郎が集慶役を演じて以来、回を重ねるたびに大好評を得てきました。
お水取りの儀式が始まり、僧集慶が過去帳を読み上げていると、青衣の女人が忽然と現れ、過去の恨み言を述べますが、集慶が青衣を投げつけて妄執を断ち切ると、女人は消え、集慶を中心に、練行衆の行法が始まります。袈裟を絞り上げ、松明を振って、達陀の妙法が激しく舞われます。歌舞伎では珍しい勇壮な群舞も見ものです。
呉服屋浜松屋に美しい娘とそのお供の若党が訪れます。ふたりは万引きしたと見せかけて、店から金を強請ろうとします。実は、ふたりの正体は、盗賊の弁天小僧と、仲間の南郷力丸だったのです。この騒ぎをひとりの侍が収めますが、その正体は白浪(盗賊)の五人男の頭領、日本駄右衛門でした。悪事に悪事を重ねて世間の注目を集めた五人男でしたが、揃ったところを捕手に追われて...。弁天が本性を顕す「知らざあ言って聞かせやしょう」をはじめ、黙阿弥の名せりふが満載の舞台。菊之助の弁天に松緑の南郷と、みずみずしい若さあふれる舞台が期待されます。