「新派名作劇場」『残菊物語』で春猿が立役に挑戦

「新派名作劇場」『残菊物語』市川春猿

 『残菊物語』市川春猿

 6月26日まで上演中の、三越劇場「新派名作劇場」では、市川春猿が『残菊物語』で尾上菊之助役に挑戦しています。

『残菊物語』
 少し物憂げな菊之助(春猿)の後ろ姿から始まる『残菊物語』。立ち居振る舞いは男でも決してガサツにならず、小道具の扱いも丁寧な春猿が演じる菊之助は、養子として厳しく躾けられたであろうことをうかがわせます。そんな菊之助が、芸者二人の取り合いになってもちっとも浮かない様子で、養父菊五郎の実子で乳母のお徳(水谷八重子)に自分の思いを打ち明けます。驚くお徳。


「新派名作劇場」『残菊物語』左より、市川春猿、水谷八重子

 『残菊物語』左より、市川春猿、水谷八重子

 浮雲のような役者の人気よりも、お徳のまごころに心動かされると言う菊之助は、芸ひと筋とは言い難い存在です。菊五郎夫人のお里(波乃久里子)が事情を察し、お徳を家から追い出しますが、菊之助はお徳を探し出して駆け落ちをします。大阪で仲睦まじく暮らす二人に忍び寄ったのが、お徳の病。やつれたお徳は菊之助宛ての一通の手紙を読み、力を振り絞って菊之助を芸の道へと戻そうと決意します。

 厳しい芸の道を進むことを運命づけられた菊之助が、運命に逆らって恋の道に走ろうとする情熱、その恋の相手の必死の思いを知って再び芸の道を歩み始める潔さ。そしてなにより、選んだ道をまっとうしようと義理と人情の間に立ちながらも、迷うことなく己の道を選ぶ強さ…。

 春猿は菊之助を、どこまでも純粋で、周りの誰もが愛する、勘当した養父でさえ突き放すことができないほどの存在として描き出しました。だからこそ、相手のお徳の心根の美しさ、気高さが痛いほど伝わってきます。物語の結末より後味のよさがいつまでも残る舞台となりました。

十三夜』

 
 「新派名作劇場」『十三夜』左より、松村雄基、波乃久里子

 『十三夜』左より、松村雄基、波乃久里子

 

 幕開きの『十三夜』は、現代劇の舞台かと思わせるほど、そぎ落とされた装置が目を引きます。嫁いだ娘のせき(波乃)の突然の里帰りを喜ぶ父と母、その二人の様子に戸惑いを見せるせき。簡素な舞台だからこそ、三人のせりふが描き出す世界が観客の目の前に鮮明に広がります。

 複雑な思いで実家をあとにしたせきは、人力俥に乗って帰路を急ぐのですが、俥夫が突然、理不尽なことを言い出します。俥夫は、せきの幼馴染の録之助(松村雄基)。落ちぶれた生活の虚しさに耐えきれない録之助、見た目に豊かでも窮屈極まりない生活を強いられているせき、二人を照らし出すのは、真ん丸で明るい十五夜の月ではなく、光さやかな十三夜の月…。

 長い人生のほんの一瞬に差し込んだ月の光が、どれだけ芳醇な時間を浮かび上がらせることか、磨きのかかったせりふが紡ぎだす舞台の魅力が、存分に味わえるひと幕です。

  三越劇場「新派名作劇場」は6月26日(金)までの公演。チケットは、チケットWeb松竹チケットホン松竹三越劇場チケットショップほかにて販売中です。

2015/06/11