勘三郎 平成中村座『法界坊』への思い

勘三郎 平成中村座『法界坊』への思い

 浅草寺境内で、初の2ヶ月公演が続く平成中村座。11月は『隅田川続俤 法界坊』の上演です。串田和美演出による『法界坊』は、初演が平成12年の平成中村座。その後、大阪、ニューヨーク、歌舞伎座と上演を重ね、再びここ浅草に戻ってきました。上演に先立ち、主演の中村勘三郎、演出の串田和美が意気込みを語りました。

中村勘三郎―――
 外題が『隅田川続俤』、セリフに「浅草龍泉寺の釣鐘建立・・・」とあるように、『法界坊』は本当にここからすぐ近くでの話です。10月は古典の『仮名手本忠臣蔵』を上演し、その後続けて、雰囲気の違った作品が上演できるのでとてもワクワクしています。

 

 何度も上演した父(十七代目勘三郎)には怒られるかもしれないけれど、『法界坊』に限っては、古い本のほうがもっと面白いと思っているんです。古い本は残酷なところも多いのですが、その分さらにドラマティックになっていて、法界坊もただ可愛いいだけじゃなく、近寄ると本当に怖い人になっています。進化しながら里帰りした『法界坊』を多くの皆さんに是非見ていただきたいと思っています。

 

串田和美―――

 平成中村座の最初の演目が、この『法界坊』でした。ここで出来るのがみんな嬉しくて、稽古の後もこの芝居小屋に残って、「こうしよう」「ああしよう」と、お酒を酌み交わした事を思い出します。

 

 その後大阪、ニューヨークにも行き、歌舞伎座でも上演しました。海外の劇場などは必ずしも良い条件とは限りませんが、そういったマイナスの要素もプラスに変えてしまうのが、このチームの良いところ。こうして皆さんと一緒に成長している『法界坊』にまた再会できるのは、僕にとっても幸せなことだと思っています。

 

---ニューヨーク公演

 

串田和美―――
 最初は可愛いけれど、段々過激になっていく法界坊を見たニューヨークの人から、「これはアメリカの事を表してるのかい?」と尋ねられて、なるほどと思いました。今の世の中の犯罪や、自分の心の中にある訳のわからなさみたいなものが、この作品の中には含まれているんですよね。

 

勘三郎―――
 ニューヨークでは法界坊の独り言をすべて英語でやりました。お客様はニューヨークの近くに住んでいる人だと思っていたから、その準備をして劇中英語で「どこから来たの?」って話しかけたら、一番最初のお客様がイランからの人!それには思わず頭の中が真っ白になって…一生忘れられない思い出ですね。その後もイギリス人だったりで、結局マンハッタン島の人には最後まで会えなかった(笑)

 

 今回の公演中、7日(金)だけ一日限りニューヨークバージョンで上演します。ニューヨークと同じようにするので、やはりお客様に英語で話しかけようと思っていますが“文京区から来た”なんて言われたら困るだろうね(笑)。ニューヨークでは現地のスラングも使ったけど、それは少し変えてみようかと思っています。

 

---二ヶ月続く平成中村座公演

 

勘三郎―――
 これは本当に嬉しい。風情も良いし、お蕎麦も旨いし(笑)、なにかワクワクするんです。いつもは一ヶ月で終わってしまうけれど、“まだ後一ヶ月あるんだ”と思いながら通うのも楽しいですね。

 

 近くの“花やしき”から、たまに場内まで“キャー”って声が聞こえてくる(笑)。その声は可愛いくて大好きです。この前は、ちょうど判官切腹の場になったころ雨が降り出して、テントに当たる雨の音にジーンときたり、勘平が家に帰ってくる夕暮れ時に、外で本物のカラスが鳴く声が聞こえたり、こんな良い事もこの劇場ならではですね。

 

 観客との距離も近いので、前の列のお客様が、本蔵が槍で突かれる場面で思わず顔をそむけてしまったり。Cプログラムの時だったから、歌舞伎を何度も見ている人かも知れないけれど、そんなお客様までもが舞台を見て、いつもよりも一喜一憂してくれる。引揚げの場でも、場内の拍手が鳴りやまないんですから。劇場のお客様が芝居をおもいきり楽しんでくれている気がして、本当にありがたいと思っています。

 

---進化する法界坊、平成中村座

 

串田和美―――
 初演の平成中村座、大阪、ニューヨーク、歌舞伎座、それぞれの劇場で、いつもドキドキしながら「やるしかない!」と上演を重ねてきました。その思いがみんなに伝わると、自分の頭の中で考えていた以上に、勘三郎さんをはじめとする俳優さんたち、そしてお客さんたちから進化した反応が帰ってくるんです。そうやって思いが往復することで作品が成長しているような気がします。

 

 そして、“また次がある”と思うから“今度はこうやろう”と、ずっと考えることができます。これは歌舞伎のとても良いところで、進化していくことの大きな要因かもしれません。

 

勘三郎―――
 誰が言い出したということも無いのに、今月は楽屋全体が、特に三段目から四段目にかけて、とても静かなんです。この間も、判官で舞台に出て行くときに、すれ違う勘平役の勘太郎が、サッと正座をして僕を送り出して…これいいなって。こんな風に、楽屋までが江戸・忠臣蔵の世界になってシーンとしている。普段の劇場では、自分の部屋だけが緊張することはあっても、楽屋全体が緊張することはあまり無いことなのでとても嬉しいですね。

 

 勘平や判官も、初演の頃よりずいぶん進化してきています。それはテクニックというよりも、精神的なものが大きいんです。こういう芝居小屋だとそれに磨きがかかってどんどん変わっていくし、発見することも普段より多いですね。

公演情報はこちらをご覧ください。
隅田川続俤 法界坊

 

勘三郎 平成中村座『法界坊』への思い

2008/10/23