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大阪松竹座「壽初春大歌舞伎」襲名披露に向けて

大阪松竹座『壽初春大歌舞伎』襲名披露に向けて

 2017年1月2日(月・休)から始まる大阪松竹座「壽初春大歌舞伎」に向け、中村芝翫、中村橋之助、中村福之助、中村歌之助が、公演と襲名への思いを語りました。

 10月・11月、歌舞伎座での襲名披露興行を終え、「本当にほっとしました。人間ってこんなにも緊張するかと思うくらいでした」と、芝翫が本音をこぼす横から橋之助は、「僕たちはまだまだほっとする余裕がありません」と言いましたが、福之助は「ほっとしている気持ちもあり、けれど、1月がありますから気を引き締めなければいけない」、歌之助は東京を離れての公演に「初めてのことが多く緊張もありますが、やりたかった役ばかりで楽しみ」と、大阪松竹座での襲名披露への気持ちは三人三様のようです。

 

大阪松竹座『壽初春大歌舞伎』襲名披露に向けて

自分を自然に表現できるのはやはり時代物

 おめでたい正月の幕開きの『吉例寿曽我』は、珍しい「鴫立澤対面」の上演です。「大きなお役を兄弟三人で勤めさせていただける」(橋之助)という喜びをもって稽古に励んでいます。

 

 『梶原平三誉石切』は芝翫の襲名披露狂言。「念願の梶原を初役で、仁左衛門のお兄様のご指導のもと勤めさせていただきます」。生締め物、時代物を勤めたいと話していた芝翫ですが、10月の熊谷や11月の盛綱を通じ、「自分が本領を発揮できるというか、自然に表現できるのは、やはり時代物のように感じています。先輩方の芸を引き継いでいく役目も、八代目芝翫襲名にあたり必要な部分だと自分では思っております」。橋之助は、「小さいときからやりたかった」俣野で出演します。

 

いつかは弁慶…、三人が見つめる父の弁慶

大阪松竹座『壽初春大歌舞伎』襲名披露に向けて

 夜の部も兄弟三人が幕を開けます。「藤十郎のおじ様が、僕たち三人を率いてくださる」という橋之助の言葉には、先輩や父、祖父、支えてくれる周囲への感謝の気持ちがにじみ出ていました。

 

 襲名披露「口上」に続いては、芝翫の弁慶に兄弟三人が四天王として出演する『勧進帳』です。「昭和56(1981)年、初めての京都の顔見世で、(初世)辰之助のお兄様の弁慶で四天王に出させていただきました。私は、お兄様がいてくださったからこそ、今日の芝翫襲名があると思っているのですが、そのときの富樫が仁左衛門のお兄様でした。ミントの香りのするようなさわやかな富樫、いつかはあの颯爽とした富樫を相手に弁慶ができればと思っていました」。

 

大阪松竹座『壽初春大歌舞伎』襲名披露に向けて

 願いがかなう今回、「胸を借りて勤めさせていただく」と、気合が入りますが、「(『石切』の)梶原と弁慶、声に気を付けるように言われております。自分が今まで培ってきたものを集大成として、この2役に出せたらいいなと思っております」。その舞台に四天王で立つ三人。「肚の部分が大切な役、勉強し、集中力を高めないと。父が弁慶をやるうえで、支障にならないようにしないといけない」と、橋之助は役柄さながらに気使いを見せました。

 

大阪松竹座『壽初春大歌舞伎』襲名披露に向けて

 四天王が見つめる先にあるのは、「いつかは弁慶に」という思い。福之助は「今は楽しみな気持ちのほうが大きいですが、舞台に立つと緊張すると思います」と語り、中学生の歌之助は初めて「兄弟でそろって四天王で出演できることがうれしい」と笑顔を見せました。

 

大阪に育てられた

 「一日中歌舞伎座にいられた2カ月は幸せでありがたかった。大阪松竹座でも好きなお役を1カ月させていただける喜びがあります」と歌之助が言うと、10月に歌之助とともに5役を勤め、「一日がすごく長くて、本当に“生きている”と感じました」という福之助の正直な感想には、四人そろって大笑い。「これだけ三人が芝居好きになったのはうれしい。11月の『祝勢揃壽連獅子』では毎日、家族でその日の舞台をビデオで見ていましたので、きちんとそろえようという意識が強まりました」。芝翫は家族の絆が強まったことをひしひしと感じているようでした。

 

 「私たちの世代を育ててくれたのは大阪と言っても過言ではない」。芝翫は、十八世勘三郎や十世三津五郎らと中座で奮闘していた時代を思い返してそう語り、「また、芝翫の名は初代から関西に縁が深い」と続け、「大阪松竹座の新築開場20周年の幕開けにふさわしい興行になることを望んでおります」と、大阪での襲名披露への特別な思いを言葉に込めました。

 大阪松竹座「壽初春大歌舞伎」は、来年1月2日(月・休)から26日(木)までの公演。チケットは、チケットWeb松竹チケットWeb松竹スマートフォンサイトチケットホン松竹にて販売中です。

2016/12/15