歌舞伎いろは

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NHK教育「にほんごであそぼ」 ようこそ!歌舞伎の国へ 歌舞伎ってなんだかおもしろい! 特別編 出演者インタビュー Vol.1 市川亀治郎
NHK教育テレビの『にほんごであそぼ』に2010年1月から歌舞伎コーナーがスタートしました。
歌舞伎美人の『ようこそ! 歌舞伎の国へ』は、お子さんと、お孫さんとご一緒に、番組をより楽しく見るために始まった連載です。
今回は特別編として、番組にご出演している市川亀治郎さんのインタビューをお届けいたします。子役時代のこと、番組をご覧になっている子どもたちへ伝えたいことなどをお話ししてくださいました。

NHK教育テレビ『にほんごであそぼ』の現在の放送時間については 番組ホームページでご確認ください。

写真:関暁
初舞台は小学2年生。あまり緊張しませんでした
亀治郎さんの「初お目見得(はつおめみえ)」は4歳。1980年(昭和55年)7月歌舞伎座『義経千本桜』の安徳帝で初めて舞台に立ちました。その公演の座頭(ざがしら)は伯父様の市川猿之助さん。「市川猿之助歌舞伎座奮闘十周年記念」と銘打ち、大変注目された公演でした。この時、亀治郎さんは「段四郎長男喜熨斗孝彦(きのしたかひこ)初お目見得」と、本名でお披露目をしています。
二代目市川亀治郎を襲名し、しっかりとした演技も求められる「初舞台」はその3年後、1983年7月歌舞伎座での『御目見得太功記』。小学2年生の亀治郎さんは禿(かむろ)たよりを演じました。

初舞台は緊張しましたか?

「初舞台では経験が浅い分、緊張はしませんでした。上手にやろう、失敗したらどうしようなどという余計な雑念が子どもにはないので、緊張しなかったのかもしれません」

“舞台度胸”があった亀治郎少年は、その3ヵ月後の10月、後々まで語り継がれる大役を歌舞伎座で勤めます。その舞台は復活狂言(※1)の『雙生隅田川(ふたごすみだがわ)』。双子の松若丸、梅若丸の二役を勤め、七郎天狗の猿之助さん、班女御前(はんじょごぜん)の尾上菊五郎さんと、三人一緒に宙乗りをしました。

「最年少での宙乗り、早替りなど、とても思い出深い舞台です。復活狂言なので稽古が大変で、疲れて桟敷(さじき)で寝てしまったこともありました」

幼い頃から舞台で大活躍の亀治郎さん。「にほんごであそぼ」をご覧の皆さんと同じ、4歳から小学校低学年ぐらいの時は、どんなお子さんだったのでしょう。

「お稽古は舞踊、長唄から始めていて、舞踊が大好きでした。当時はファミコン全盛時代で、ドラクエが発売になって爆発的に売れていましたね。得意な科目は図画工作。歌舞伎という大人の世界で育ったので、変に大人びていました(笑)」

2点とも『雙生隅田川』より。当時7歳の亀治郎さん。写真:松竹株式会社
ポイントはリズムと感性
「にほんごであそぼ」は、番組を通して日本語の豊かな表現に慣れ親しみ、楽しく遊びながら『日本語感覚』を身につけてもらうことをねらいとした教育番組です。放送は2003年4月から始まっていましたが、待望の歌舞伎コーナーは2010年1月からスタートしました。

ご出演にあたって、亀治郎さんが子どもたちに願うことは何でしょうか。

「歌舞伎のセリフは掛詞があったり、洒落があったり、古典の有名な詞章をもじっていたり、なかなか奥が深いので、僕は子どものころ、ほとんど理解できていなかったと思います。この番組で放送される“歌舞伎のセリフ”も“名文”も、意味を理解するというより、日本語のリズム、日本人の身体のリズムを、豊かな感性で感じてもらいたいです」

“名文”コーナーでは色々な文章を歌舞伎的に表現することに挑戦していますが、どんなイメージで演じられたのですか?

「“名文”では歌舞伎の持つリズムの特徴を生かすことに焦点を絞りました。このリズムを何となく真似てみたら、歌舞伎っぽく言えると思いますよ」

この番組の“歌舞伎のセリフ”のコーナーで、美しい八重垣姫や不良少年の弁天小僧を演じた亀治郎さん。このふたつは得意な役ですか。

「実は得意ではありません。弁天小僧の“知らざあ…”は誰もが知っているセリフ、人気の演目で先人の手によって完成された芝居です。だからこそ難しい。世話物(※2)のリズム、黙阿弥(※3)のリズムなど、演じるたびに難しさを感じます。そして、八重垣姫。これは最も苦手とする役です」

意外な答えが返ってきましたが、では、演じていて気持ちのいい役はと尋ねると「歌舞伎の役はそれぞれ魅力があるのでなかなか決められません」というお答え。これからさまざまな役を演じて10年後、20年後に同じ質問にどうお答えになるか…。番組をご覧のお子さんたちが大人になった時に、ぜひ、もう一度亀治郎さんにお聞きしてみたいですね。
番組が始まった2010年は、お馴染みの『新春浅草歌舞伎』で始まり、2月博多座、3月京都南座、4月金丸座、5月御園座と休みなく公演が続きます。しかも、亀治郎さんはそれぞれの公演で、必ずひとつの演目で主役を勤めています。今年も亀治郎さんにとって、めまぐるしい一年になりそうです。

「4月まで毎月、家の狂言(※4)が続きます。こんな幸せなことはないし、武者震いがします。」

まだ歌舞伎をご覧になったことのない方はぜひ一度、劇場へ足をお運びください。

復活狂言(※1):歌舞伎でいう狂言とは、能狂言の“狂言”とは異なり、脚本、または芝居そのものの意味で用いられる。長い間上演が途絶えていた芝居で、脚本に手を加えたりして復活上演される芝居を復活狂言という。

世話物(※2):江戸時代の町人社会を中心として扱った、当時の現代劇。『弁天娘女男白浪』は世話物で、八重垣姫が出てくる『本朝廿四孝』は江戸時代より古い時代のお話なので時代物と分類される。

黙阿弥(※3):幕末から明治にかけて活躍した、代表的な歌舞伎作者、河竹黙阿弥のこと。作品総数は約360。現役名は二世河竹新七で、明治14年に66歳で引退した後、カンバックして黙阿弥と名乗った。

家の狂言(※4):ここでいう「家」とは、番組のなかでも亀治郎さんの屋号としてお馴染みとなった澤瀉屋(おもだかや)のこと。澤瀉屋の“家の狂言”には「猿翁十種」「澤瀉十種」、そして先ごろ制定された「猿之助四十八撰」がある。

平成16年10月
三越劇場『弁天娘女男白浪』で弁天小僧菊之助を演じる亀治郎さん。「知らざあ言ってきかせやしょう。」のセリフはこの場面で語られる。

出演者のご紹介
二代目 市川亀治郎 (いちかわかめじろう)
屋号は澤瀉屋(おもだかや)。市川段四郎の長男。伯父に市川猿之助、祖母に女優の高杉早苗、俳優の香川照之は従兄弟にあたる。慶應義塾大学文学部卒業。55年7月歌舞伎座『義経千本桜』の安徳帝で初お目見得。58年7月歌舞伎座『御目見得太功記』の禿(かむろ)たよりで二代目市川亀治郎を名のり初舞台。2002年には自身の勉強会「亀治郎の会」を立ち上げる。 2010年は、新春から4月まで若手花形俳優による座組みの清新な歌舞伎公演に出演。立役(たちやく)から女方(おんながた)まで、さまざまな大役に積極的に挑戦し、新鮮な魅力を見せている。
2010年 市川亀治郎さんの歌舞伎出演情報
2010年1月 新春浅草歌舞伎
2010年2月 博多座 二月花形歌舞伎
2010年3月 京都四條南座 三月花形歌舞伎
2010年4月 第二十六回四国こんぴら歌舞伎大芝居
2010年5月 御園座 五月花形歌舞伎