歌舞伎いろは

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NHK教育「にほんごであそぼ」 ようこそ!歌舞伎の国へ 歌舞伎ってなんだかおもしろい!
特別編 出演者インタビューの第2弾は、番組に出演し、歌舞伎コーナーの音楽も担当している歌舞伎囃子方(かぶきはやしかた)・田中流家元の田中傳左衛門さんにご登場していただきました。

「イヨー」という高い声の後に“ドドン”という太鼓と鉦(かね)、“チョーン”という析(き)の音。「ホォー」という掛け声に“ポポポポポポポン”という小鼓(こつづみ)の響き…。
定式幕に「寿限無」「坊主が屏風に・・・」などのタイトルで始まる歌舞伎バージョンの“名文”のコーナーは、これこそ歌舞伎、とイメージさせる音楽で幕を開けます。
傳左衛門さんは、このコーナーで、ひびのこづえさんデザインの衣装をまとった亀治郎さんと一緒にご出演されています。

NHK教育テレビ『にほんごであそぼ』の現在の放送時間については 番組ホームページでご確認ください。

写真:関暁
初舞台は小学2年生。あまり緊張しませんでした
歌舞伎の音楽というと、みなさんは何を連想しますか? 唄、語り、そして楽器は三味線に鼓、笛、太鼓…。田中傳左衛門さんは歌舞伎音楽の中で“歌舞伎囃子方”という役割を担っています。
“囃子”は小鼓(こつづみ ※1)、大鼓(おおかわ ※2)、締太鼓(しめだいこ)などの打楽器と笛から成り、“鳴物(なりもの)”とも呼ばれます。

囃子方のお仕事とは?

『藤娘』などの歌舞伎舞踊や、『勧進帳』などの松羽目物(まつばめもの ※3)を上演する時に、唄、三味線、鳴物の奏者が裃(かみしも)を着て舞台の上にずらっと並んで出て演奏することを「出囃子(でばやし)」といいます。囃子方はこの出囃子の他に、客席からは見えませんが、舞台の下手側(舞台に向かって左側)の黒御簾(くろみす ※4)の中で、お芝居のBGMも担当します。つまり、芝居の進行に合わせて、風や雨、雪などの自然、そして役柄の心情などを表す情景描写・説明をする音楽、効果音などを附けているのです。これを黒御簾音楽、あるいは黒御簾、下座音楽などと言います。黒御簾の中では、出囃子でおなじみの鳴物、唄、三味線のほかに、大太鼓や鉦(かね)、琴や尺八など、さまざまな楽器が加わることがあります。

歌舞伎囃子方田中流宗家で十三代目を名乗る傳左衛門さんは、出囃子の時には、囃子方を引っ張っていくコンサートマスター的な立場の立鼓(たてつづみ ※5)を担当。
「歌舞伎の舞踊は、俳優と立三味線と立鼓の三者のイキで進行します。」
さらに、傳左衛門さんは、新作歌舞伎の作調(さくちょう)も数多く手がけています。

歌舞伎の作調とはどんなお仕事ですか?

作調とは、新しい芝居や舞踊の曲、または長らく上演が途絶えていた復活狂言などの音楽演出をどのようにするか案を考え、音楽を作る、音楽を附けること。まずは脚本をよく読み込むことからはじめ、どこにどのようなきっかけで囃子、唄、三味線のどの曲を用いるかを考えます。

左:傳左衛門さんが書き記した「附帳(つけちょう)」。上演された芝居、舞踊に附けられた音楽演出が、進行に沿って記されている。
右:傳左衛門さんが、兄・弟と3人で主催している「三響會」の公演パンフレット
ポイントはリズムと感性
傳左衛門さんのお父様は能の大鼓(おおづつみ)方の人間国宝・亀井忠雄さん、お母様は歌舞伎囃子方の九世田中佐太郎さん、そして母方のお祖父様は歌舞伎囃子方の人間国宝十一世田中傳左衛門さん。3人兄弟の二番目に生まれた傳左衛門さんは27歳という若さで十三世家元田中傳左衛門を襲名しました。

歌舞伎囃子方宗家に生まれた傳左衛門さん。子ども時代はどのように過ごされたのですか?

稽古を始めたのは2歳半。言葉が早かったので、2歳上の兄(※6)と一緒に先代の観世銕之丞(かんぜてつのじょう)先生(※7)のところへ行ったり、能役者として子方(こかた※8)の稽古から始めました。歌舞伎はもちろん、観に行きましたが、能の世界に浸かっていました。幼稚園の友達は覚えていませんが、稽古をどのように始めたかなどは、はっきり覚えています。

どのような稽古をしていたのですか?

子どものころの能の稽古は基本的に「大きな声を出しなさい」という、わかりやすいもの。とは言え、幼いころから世阿弥の能の稽古の根本理論にのっとって稽古をしていました。また、能の底本(ていほん ※9)として『源氏物語』『今昔物語』などは、子どものころから図書館で調べたりもしていました。もちろん、歌舞伎囃子方の稽古もしていましたし、幼いころから、漠然と僕は歌舞伎の道に進むのかな、と思っていました。そして、ご覧のように私は体格がいいので(笑)、能の子方は小学校5年生くらいからできなくなりました。
古典芸能は稽古をしていると大人社会の中にいるようで楽しかったですよ。兄弟がいたから、稽古の合間に一緒に遊ぶこともできたので、恵まれた環境だったと思います。

幼いながらも深い理解をして稽古をしていたのですか?

すべてがわかっていたわけではなく、大人になるにつれて、「ああ、あれはこういう意味だったのか」と深く理解するようになりました。お稽古で能の先生のところに行けば本物の装束、そして、家に帰っても本物の楽器、道具が揃っていました。小さいころから本物に触れることは大事。そうすることで、見る目も感性も育つのではないかと思います。『にほんごであそぼ』も、子ども用に“下りてゆく”とか簡単にするとかの必要はないと考えています。

 傳左衛門さんにはさらにお時間をいただき、番組制作現場でのエピソードなどもうかがうことができました。これらのお話は次回、『出演者インタビュー vol.3』でお伝えいたします。どうぞお楽しみに。

小鼓(こつづみ ※1):上の写真、傳左衛門さんと一緒に写っているのが小鼓で、一般的に「鼓(つづみ)」とも呼ばれる。打ち方は左手で調緒(しらべお。上写真の麻紐の部分)を持ち、右肩にかついで右手で打つ。

大鼓(おおかわ ※2):小鼓より大ぶりで、硬質な音を出す。左手で持って左ひざの上にのせ、多くの場合、右手に指皮(ゆびかわ)を付けて打つ。能では「おおつづみ」と呼ぶ。【おおかわの“鼓”の漢字は、つくりが“支”ではなく“皮”が正式な漢字です。】

松羽目物(まつばめもの ※3):能や狂言を歌舞伎化した作品群のこと。正面に松のある羽目板(はめいた)の描かれた「松羽目」とよばれる「定式」の大道具から付けられたところから名付けられた。

黒御簾(くろみす ※4):舞台下手にある簾(すだれ)の掛かっている黒い部屋。上演中大道具に覆われるときは縦に穴が開けられている。

立鼓(たてつづみ ※5):歌舞伎では小鼓の演奏者がなる、その一座の囃子、鳴物の中で最高位の演奏者のこと。ちなみに長唄の最高位は立唄、三味線の最高位は立三味線(たてしゃみせん)と呼ばれる。

兄(※6):亀井広忠さん。お兄様の亀井広忠さんが、傳左衛門さんのお父様、人間国宝・亀井忠雄さんの能の大鼓(おおつづみ)方を継いでいる。

観世銕之亟(かんぜてつのじょう)先生(※7):シテ方観世流能楽師、人間国宝の八世観世銕之亟さんのこと

子方(こかた※8):能で、少年が演じる役、またはその少年。子どもの役をそのまま演じる場合と、大人の役を演じる場合とがある。

底本(ていほん ※9):拠り所とする本。

出演者のご紹介
十三世 田中傳左衛門(たなかでんざえもん)
歌舞伎囃子方・田中流家元。1976年生まれ。
人間国宝・能楽師葛野流(かどのりゅう ※10)大鼓方亀井忠雄を父に、歌舞伎囃子長唄囃子方田中流家元田中佐太郎を母に持つ亀井家の次男。
父、母ならびに故・八世観世銕之丞、八代目芳村伊十郎に師事。
5歳で初舞台を踏む。1992年1月「七世田中源助」を、2004年2月歌舞伎座興行、坂東玉三郎の「茨木」の小鼓で「十三世田中傳左衛門」を襲名する。
新作舞踊、新作歌舞伎を多数作調。兄の亀井広忠、弟の田中傳次郎とともに「三響會」を主宰する。
(三響會オフィシャルサイト⇒  http://www.sankyokai.com/index.html

田中傳左衛門さんの出演情報
三響會公演情報  http://www.sankyokai.com/performance.html#event_341
2010年6月28日(月)~7月15日(木) 
市川亀治郎×三響會特別公演 ゴールドリボン基金チャリティ企画 ~伝統芸能の今~
2010年7月7日(水) 
三響會 福岡特別公演 市川亀治郎 × 三響會 × 坂口貴信 ~伝統芸能の今~ ゴールドリボン基金チャリティー公演
2010年7月31日(土)~8月28日(土) 
珠響~たまゆら~ 第二回 彩