歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



想い出の写真:十三代目片岡仁左衛門丈との1枚

左:十三代目片岡仁左衛門丈、右:奈河彰輔氏
1970年6月南座興行『夏祭浪花鑑』舞台稽古
『夏祭浪花鑑』
団七九郎兵衛 猿之助(現・市川猿之助)
釣船の三婦  仁左衛門(十三世片岡仁左衛門)
一寸徳兵衛  孝夫(現・片岡仁左衛門)
女房お辰   扇雀(現・坂田藤十郎)
三河屋儀平次 松若(初世中村松若)

1978年6月「おもだか会 会員の集い」で演じる天地会にて、『助六』の意休を演じる奈河氏

「奥役、脚本・演出、南座の支配人も務めていた昭和50年代、年齢でいうと40〜50代のころは特に忙しかったですね。当時は、奈良の西大寺に住んでいましたが、大阪や京都のホテルに泊まって夜通し脚本を書くこともありました。忙しい合間に当時流行っていたボーリングにもかなり熱中しました」

 「奥役(おくやく)」という言葉をご存じでしょうか。今で言うプロデューサーですが、私は長年関西で本名の中川芳三として奥役の仕事をしながら、奈河彰輔という筆名で歌舞伎の脚本を書いたり、演出を行ったりしてきました。
 奥役はどんな演目を出すかを考えたり、座組みや配役などを決めるとともにその役々を俳優さんに伝えて承知してもらう、これを「役を納める」と言いますが、それが仕事です。今では想像できないかもしれませんが、昔は電話がありませんでしたから、俳優さんのご自宅へ一軒ずつ出向いていました。全員に満足のいく良い役ばかりを持っていけたらいいのですが、そういうわけにもいかないので気が重いことも多かったですよ。でも俳優さんから古いお芝居のことなどを事細かに教えてもらう機会も多く、楽しく勉強になる時間でした。古い狂言を復活させる際には、こうした知識が大変役立ちました。

 右上の写真は、1970年6月南座興行の『夏祭浪花鑑』の舞台稽古のワンシーン。舞台上にいるのが、今の片岡仁左衛門さんの父上の十三代目片岡仁左衛門さんで、舞台下にいるのが私です。仁左衛門さんが67歳、私が39歳。大変お世話になった俳優さんのおひとりで、嵯峨のご自宅へも随分通わせていただきました。
 歌舞伎芝居、演出・演技のことはもちろん、礼儀に厳しい方でしたので、芝居のご定法なども仁左衛門さんからはたくさん教えていただきました。



1931年大阪市生まれ。大阪大学経済学部卒業後、松竹株式会社入社。京都南座支配人、演劇部部長、常務取締役を経て、現在演劇部顧問。日本演劇協会会員。
関西松竹で永年演劇製作に携わりつつ、『小栗判官車街道』など上方歌舞伎の埋もれた作品の復活上演や、『慙紅葉汗顔見勢―伊達の十役』『獨道中五十三駅』など市川猿之助の復活狂言の脚本、演出を多数手がける。
大谷竹次郎賞、松尾芸能賞、大阪市民表彰文化功労賞、大阪芸術賞。上方歌舞伎の生き字引。
本名は中川芳三。中川彰のペンネームで中間演劇(新派と新劇の中間の新しい演劇)の演出や、上方歌舞伎の普及、啓蒙に関わる執筆も行っている。
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ちょっと昔の歌舞伎 モノからひもとく 想い出あれこれ

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今回は、歌舞伎の衣裳を知り尽くし、豊富な経験と確かな目で俳優さんから篤く信頼されている田中教義さんをおたずねしました。衣裳にまつわる貴重なお話をとつとつと語ってくださいました。—2010.08.10

今回は小道具方の大ベテラン、田中 勇さんをおたずねしました。俳優さんと小道具にまつわるエピソードから野球チームの話題まで、興味深いお話をたくさんうかがうことができました。—2010.07.08

今回は立役を専門とされる床山の市川歳三さんにお話をうかがいました。市川さんは昭和7年生まれの大ベテランで、現在は息子さんとともに高麗屋さん、播磨屋さんを担当されています。—2010.06.12

今回ご登場いただくのは、舞台の上手でバッタリ!と粋な音を響かせる「ツケ打ち」の芝田正利さん。長年、歌舞伎座でツケを打ってこられたベテランで、ちょっとやそっとじゃグラつかない気骨のある人物です。—2010.05.11

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