歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



もっともっと楽しんでいただくために


光秀の凄みを強調するために

 昨年4月の新橋演舞場公演は、東日本大震災の翌月でした。節電の意味もあり、場内の電気をいつもより暗くされました。
 「暗いほうが凄みも出るかもしれない、陰影のある舞台もいいかなと思いました。『十段目』の出来事は夜に起きています。現代のお客様は明るい舞台に慣れていますが、昔の劇場は暗かった。明治時代に新富座でガス燈が初めて採用されました(明治11年)が、それも客席の天井にあるシャンデリアで、舞台用の照明ではありません。それでも明るくてみんなびっくりしたと言います。今から見ればきっと暗かったはずです」

 たしかに、歌舞伎の舞台は明るいという印象が強いですね。
 「パリ・オペラ座のガルニエで公演をしたとき(平成19年3月)も、ガルニエは九代目(團十郎)が活躍した頃にできた劇場なので、通常の上演より照明を落としてみました。ところが、それでもあちらの舞台監督は明るすぎるとおっしゃる。だから、さらに落としました。暗くしての上演は一つの演出方法として成立すると思います」

凄みという点では光秀の鬘(かつら)、衣裳の鎧(よろい)も、見るからに武将らしく勇ましいもので、凄みが感じられます。
 「菱皮という鬘です。強い輪金を使わないとずれてしまう。よく考えた鬘だし、菱皮という名称もよくつけたと思いますね。『押戻し』など市川家の荒事にも登場します。鎧は黒糸縅(くろいとおどし)。重いですよ。でもいろいろ着たなかで、一番重く感じるのは、『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』の『陣門』『組打』で着る熊谷直実の鎧です。新しく作ったものは軽いですが、昔の鎧を着て長時間立っていると重みで足の裏が痛くなるほどです」

先人の恩恵を受けてつないでゆく

大阪松竹座 團菊祭五月大歌舞伎

平成24年5月3日(木・祝)
~27日(日)
公演情報

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平成23年4月新橋演舞場
(撮影:松竹株式会社)

夜の部
『絵本太功記』(えほんたいこうき)

尼崎閑居の場
武智光秀 團十郎
時 蔵
武智十次郎 菊之助
佐藤正清 海老蔵
初菊 梅 枝
皐月 東 蔵

 尾田春長に鉄扇で打たれてできた額の傷も印象的ですね。
 「傷は七世市川中車さんが描かれたものが伝統になっています。額というより、むしろ頭のてっぺん近くに描かれている。小さめに描いてみたこともありますが、オーバーに描いたほうが、1階のお客様だけではなく、2階、3階のお客様にもはっきり見えます」
 「化粧で印象に残るのは(三世實川)延若のおじさんです。そんなに目が大きな方ではなかったので、かなり下まで、ぼかして目張りを入れていた。時代がかって古怪な感じがしました。真似させていただいています」


 今回の小道具では何か特別なことがおありでしょうか。
 「光秀の刀は、刃はつぶしてありますが、本身なので重いんですよ。九代目(團十郎)は光秀を多くは演じていませんから、小道具も特別に伝来するものはありません。ただ、ほかの役の小道具では九代目の功績が大きいんです」
 「九代目が藤浪小道具に“壊れているから直しておけ”と命じる。ところが、持って帰っても何も悪いところがない…。同じものを予備につくっておけという意味だったわけです。『助六』の出鮫の鞘(でざめのさや)や杏葉牡丹(ぎょようぼたん)の刀の鍔(つば)、三升の目貫(めぬき)。現在でも残っているのは、全部そのときに複製したものなのです」

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