歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



シアターコクーン 「渋谷・コクーン歌舞伎第十四弾」  『三人吉三』 今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 尾上松也

リアルで生々しい芝居を

 ――お坊吉三は三人の吉三の中で唯一の武士です。どんな位置づけで演じられるのでしょうか。

 これまでに上演されてきた古典歌舞伎の形でいえば、ニヒルでクール、色敵っぽい、セクシーさもある侍ですよね。今回は、これまでも演出の串田和美監督がなさってきたように、アウトローの三人の若者の物語というあり方を踏襲し、プラスして歌舞伎ではありますが、リアルな生々しい芝居を求めていきます。

 河竹黙阿弥の描いた設定は変わりませんが、現代の若者にも通じる形で三人それぞれが存在します。お坊は、武士としての位の高さより、危なっかしさとか狂気、それにいい意味での品のなさという、あまり普段の歌舞伎では出さない部分、出ない部分を出し、やんちゃな若者っぽい空気感をつくれたらと思います。

 ――親の世代からの因果が、登場人物には複雑にからんでいます。

 すべてがからみ合い、親たちも深い縁でつながっていた。彼らの苦悩、落ちぶれていく理由には、生まれや親が影響しています。現実世界にも生まれたときからの悪人はいません。資料を調べても幼少期の体験や環境が、その後の犯罪や人格形成に少なからず影響を及ぼしている。一概に本人だけの責任と言い切れないところがあったりします。よく書かれているなと感心するところです。

『三人吉三』(さんにんきちさ)

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 大店の手代、十三郎は、刀の代金の百両を懐に店へ帰る途中、夜鷹のおとせに袖を引かれ、枕をともにします。ところが、騒ぎに巻き込まれた十三郎は百両を紛失。大川へ身投げを図るところを、土左衛門伝吉に止められます。伝吉は、その百両は娘のおとせが預かっているからと、十三郎を家へ連れ帰りました。しかし、おとせは、娘姿の盗賊、お嬢吉三に百両を奪われると川に落とされてしまいます。それを見ていた盗賊のお坊吉三がお嬢に争いを仕掛けますが、そこへ坊主上がりの盗賊、和尚吉三が現れてうまくとりなします。意気投合した三人は義兄弟の契りを結び、百両は和尚が預かることになりました。

 翌日、伝吉の家に、川から救い出したおとせを連れて八百屋久兵衛が現れます。伝吉は久兵衛の話から、おとせの惚れる十三郎は自分が捨てた子と知り、二人が近親相姦の畜生道に落ちたことに愕然とします。そこへやって来たのが伝吉の息子の和尚吉三。和尚から手渡された百両を伝吉は、盗賊の金は受け取れないと突き返すのですが…。

 ひと月後、おとせは兄の和尚がいる吉祥院を訪ねます。ここですべての因果が明らかになり、三人の吉三はそれぞれの運命に決着をつけるべく、吉祥院を飛び出していきました――。

芝居に合う音楽を探っていく

 ――これまでの『三人吉三』と違うところは、どのあたりでしょう。

 歌舞伎界以外の役者さんもたくさん出演されます。彼らが参加することで、僕らが当たり前のように言っていたせりふの辻褄があっていなかったり、わかりにくかったりするところがはっきりとしました。そこをよりわかりやすくアレンジします。

 歌舞伎にはよくあることですが、お客様が知っていることを前提としてはいますが、描かれていない部分がある。そういうところをクリアーにする作業も皆で相談しながらやっています。

 ――黒御簾(下座)音楽を使わないとうかがっています。

 せりふを七五調として大時代にやることでいかされる部分もあり、ストレートプレイのようにさらさらっと言ったほうがいい部分もあります。勘九郎さん、七之助さんと三人で稽古の中で探っていきます。

 三人の吉三が初めて顔を会わせて義兄弟の契りを結ぶ「大川端」の場も、古典歌舞伎ですと七五調の美しいせりふ回しになります。今回はそれもゼロに戻し、気持ちと気持ちのぶつかり合い、じゃれ合っているような雰囲気を出したい。そうなれば、下座音楽でなくても合う音楽があるのではという気がしています。音楽は何を使うかまだ明確ではありません。これから探っていきます。いろいろなものを試し、いいものを残していこうということですね。

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