歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」『太刀盗人』
知っているともっと面白くなる!

ようこそ歌舞伎へ 中村又五郎

お客様に想像していただく、という表現形式

 ――狂言の「長光」から着想されたと思われる岡村柿紅の作品です。能狂言に源流を持つ松羽目物の演目をなさる際に、心がけられるのはどんなことでしょう。

 何が狂言らしさか説明を求められると、定義があるわけではないから困るのですが、匂いというものは、出せたらいいなと思います。凛としたものが必要だと思います。

 『太刀盗人』は市場での場面から始まりますが、舞台に市の絵が描かれているわけではないし、装置があるわけでもない。ですが、そこで賑やかな市の中を歩いている田舎者が足を踏まれた様子も表現しますし、すっぱのほうは、田舎者に目をつけたことを表現します。つまりは、お客様に想像をしていただかなければなりません。

 ――同じ岡村柿紅の『棒しばり』も、狂言から出た作品ですね。

 次郎冠者と太郎冠者が何もない舞台を一周すると「酒蔵に着きました」となります。そして現実にはない蔵の戸を一所懸命に開ける。それで「酒蔵に来たよ、戸を開けているよ」というのを、お客様に想像してわかっていただく。

 そういう表現形式を能狂言は長い歴史のなかでつくり上げてきた。歌舞伎は、それをそのまま演じる訳ではないですが、松羽目物を勤める際に、そうした認識を持つことは大切だと思います。『太刀盗人』も面白おかしく崩そうと思えば崩せてしまうと思うのですが、そこは崩さずに大切に勤めたいと常に思っております。

歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」

平成28年9月1日(木)~25日(日)

『太刀盗人』たちぬすびと

すっぱの九郎兵衛 中村  又五郎
田舎者万兵衛 中村  錦之助
従者藤内 中村  種之助
目代丁字左衛門 坂東  彌十郎

身体に“ずる”をさせてはいけない

 ――出演回数を重ねることで変わってきたところはおありですか。

 初演では(昭和63年7月全国公演)、(尾上)松助さん、2度目からは(市川)団蔵さんに振りを教えていただきました。余裕を持って勤めたいなと思いますが、それがなかなか難しいところです。初演の頃は、必死というと変ですが、教えていただいたことをするだけで精いっぱいでした。今は教えを守りながら、どこかに気持ち的な余裕を持ちたいと考えています。

 ただ、楽なほうに行ってはいけないと思うんですよ。慣れは必要ですが、身体に“ずる”をさせる方向に行ってはいけない。教えていただいたものを守りながら、僕の何かが、又五郎がやっているすっぱみたいなものが、出ればいいと思います。『太刀盗人』に限らず、どんな芝居のときもそう考えております。

 ――従者を前回に続いてご二男の種之助さんが勤められます。その前にはご長男の歌昇さんもなさっていますね。

 私は息子と一緒の舞台でも、あまり気にならないほうです。ですが、昨年、「双蝶会」(歌昇、種之助の勉強会)で、種之助の『船弁慶』に弁慶で出演したときには、「父親の目になっていた」とご覧になった方から言われました。心配そうな目をしていたのでしょうか。「すいません、あれは勉強会だったので許してください」と申し上げました。今回の従者は種之助も2度目ですし、私もそういう目にはなることはないと思います。

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