歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



浅草公会堂「新春浅草歌舞伎」『寿曽我対面』
今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 尾上松也

少ない動きできっちり見せる

 ――第2部で『寿曽我対面』の五郎をなさいます。初役で勤められたのは平成25(2013)年1月の浅草公会堂。6年ぶりになりますね。

 初役の当時は、荒事的な役の経験がほとんどありませんでした。平成20(2008)年2月には博多座で大磯の虎を演じています。当時は女方を演じることが多く、五郎と十郎でしたら、演じるのは十郎かと思っておりましたので、五郎に決まった際は本当に驚きました。

 ――どなたに教わられたのでしょうか。

 (十世坂東)三津五郎のお兄さんに教えていただきました。

 ――どんな教えが印象に残られていますか。

 荒事ですが、五郎はまだ子どもなので、ただ勢いよく演じるのではなく、その辺を意識しないといけないですし、隈取も、若さと幼さがないとだめだと教えていただきました。

 体の使い方やせりふの、どこをどう切るかを、細かく教えていただいた記憶があります。お兄さんに教えていただいた大切な宝物ですから、それを基本に勤めたいと思います。体の使い方は、荒事全般に通じるもので、とてもいい経験になっています。

 ――ご苦労されたのは、どんなところですか。

 声、動き、形。工藤に詰め寄るところは、力強さと切れのよさが必要です。どう表現したらいいか、どうしたらそう見えるか。初役は20代でしたから、とにかく体全部を動かしていましたが、それですと弱くしか見えない。少ない動きのなかできっちりと見せていく難しさ。無駄がなく、かつ、力強く切れが見える動きは思った以上に大変でした。

『寿曽我対面』(ことぶきそがのたいめん)

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平成25年1月浅草公会堂(C)松竹株式会社

 源頼朝から一臈職に抜擢され、富士の御狩の総奉行となった工藤左衛門祐経の館で、大名たちが口々に祝辞を述べるなか、祐経に頼みがあると切り出した朝比奈。許しを得て現れた二人の若者は、祐経から河津三郎祐康に似ていると言われます。すかさず、自分たちは18年前、祐経により落命した祐康の息子、曽我十郎と五郎だと名のりました。敵討ちに逸る五郎を、兄の十郎と朝比奈が止め、まずは杯を交わすことになりましたが、五郎は杯をたたきつけて割ってしまいます。祐経は諭すように語り始め、紛失した友切丸を探して二人の養父、曽我祐信の疑いを晴らすのが先と言い放ちます。そこへ、兄弟の家臣の鬼王が友切丸を手に現れ、これで敵討ちができると勇んだ兄弟。しかし祐経は、総奉行の役目を終えぬうちは討たれるわけにはいかないと、御狩の通行切手を兄弟に渡し、再会を約束して別れるのでした。

立たせたいところを立たせるために

 ――朝比奈に呼ばれて十郎、そして五郎が花道から登場します。

 十郎との違いを見せるために勢いよく出て行くのは大事なことですが、それだけではなく、どこを切り取っても錦絵のように、一つひとつの形が絵のようになっているところが魅力だと思いますので、気持ちが先行してしまい形が崩れるのを気をつけなければいけないと思います。

 また、十郎と五郎は、近い距離でお芝居をしますが、二人とも長袴をつけているので、裾を踏んでしまうことのないように気をつけます。三津五郎のお兄さんも、自分がどう袴を捌いたらいいか、演じるなかで研究して見つけたほうがいいとおっしゃっていました。

 ――父の敵である工藤祐経と二人の兄弟は対面します。

 積年の思いがあふれてくるのを、自分のなかでしっかりとらえておいて、出さなければいけない。荒事で五郎のような役になりますと、全部が押し気味になりがちですが、そうすると立たせたいところが立たなくなります。その辺もよくお兄さんに教えていただきました。今考えてみると初役のときには、なかなかメリハリがうまくいっていなかった気がします。今回はバランスを考えてやってみたいと思います。

 ――五郎は土器をたたきつけて砕き、三方を潰します。

 五郎の力強さと血気盛んさと悔しい気持ちが表れているところだと思いますので、形としての面白さだけではなく、性根を意識して演じられたらと思います。

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