歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎座「二月大歌舞伎」『熊谷陣屋』
今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 中村吉右衛門

花道の出から最後の幕外まで通じる気持ち

 ――『熊谷陣屋』熊谷次郎直実は、養父にあたられる初代吉右衛門が得意としたものを、実父の初代松本白鸚さんを通して受け継がれた当り役です。花道の出のところからお教えください。

 初代(吉右衛門)も申しておりますが、出の部分が性根です。花の盛りの敦盛を討って無常を悟るというのがすべてで、それが最後の幕外まで通じる気持ちです。そこを竹本さんにもうまく語っていただければと思います。葵太夫さんなので安心しております。

 ――舞台に上がり、陣屋に足を踏み入れたところで女房の相模がいることに気づきます。

 熊谷が思ってもいなかったことの第一は、息子のことを案じた女房が陣屋に来ていることです。(息子を手にかけたことを)どういうふうに言ったらいいのかと思案します。ちゃんと説明すれば武人の妻ですから、わかってくれるだろうとは思っても、母親に息子を自分が討ったよという言い方をどうするかは頭の中を廻るはずです。

 ――さらには敦盛の母、藤の方まで来ています。

 第二のびっくりです。お客様をはらはらさせないといけないような場面でございます。元お主の奥方様である藤の方から、「どうして敦盛を討ったのか」を説明しろといわれます。敦盛が「討て」と言った、大変に潔い武人らしい最期だった、と伝えて納得してもらおうということになるわけです。

 そこにもひとつ枷(かせ)があり、敦盛の代わりに討ったのが、実は自分の息子であるわけです。熊谷は藤の方に説明すると同時に、背後の相模に伝えようとします。

 ――と同時に、すでに陣屋に入っている梶原にも聞かせようとしているわけですね。

 梶原がいるのは大前提です。最初に堤軍次から梶原の来訪を聞かされています。とにかく梶原の疑念を払拭しなければならないし、首実検もしなければならない。本当にうまくできている作品だなといつも思います。

一谷嫩軍記『熊谷陣屋』(いちのたにふたばぐんき くまがいじんや)

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平成24年3月南座(C)松竹株式会社

 義経の御法度書きが立てられた陣屋へ、数珠を手に帰ってきた熊谷直実。梶原をもてなすよう堤軍次に言いつけ、息子小次郎の初陣を心配して来た妻の相模を叱り、無官の太夫敦盛の首を討ったと語ります。それを聞いて斬りかけたのは敦盛の母、藤の方でした。天皇家の血を引く者と知りながらなぜ討ったと迫られ、熊谷は最期の様子を聞かせると、さっそく首実検の支度にとりかかります。
 熊谷が出向こうとしたところ、陰で話を聞いていた源義経が現れ、すぐに首実検が始まりました。制札を手に義経に迫る熊谷、首を見て動揺する相模、敦盛に相違ないと言い放つ義経。しかし、その首は小次郎のものでした。
 と、鎌倉へ注進に駆け出す梶原を一撃してとどめたのが石屋の弥陀六。義経は弥陀六に宗清待て、と声をかけさせます。正体を見破られた平宗清に義経が与えた鎧櫃(よろいびつ)には、なんと敦盛が潜んでいました。そして、義経は熊谷の暇乞いを許すと、父義朝や母常盤御前の回向を頼み、鎧兜を脱いで僧の姿となった熊谷は蓮生と名を改めて、陣屋を立ち去っていきました。

歌舞伎は心情もすべて形で表す

 ――そして首実検になります。

 三つ目のびっくりは義経が来たことです。義経に首を見せるつもりで出かけようとしていたら、今見てやるよと言われます。義経もすべてを承知で来ていた、ということが後に明らかとなります。上演はしませんが、序幕で「一枝を伐らば」と書いた制札を義経が熊谷に渡していた、という伏線も生きてきます。

 制札に示された思いを自分は汲んで、敦盛の身代りに我が子を討ったけれど、間違っていませんか、と義経に問うわけです。首実検は形の美しさが必要です。歌舞伎は心情もすべて形で表します。

 ――直実は仏門に入ることを決意し、僧形となって陣屋から去ります。

 仏門に入るのは浄瑠璃も同じですが、頭も丸める幕外の引込みは、九代目團十郎の團十郎型を養父(初代吉右衛門)、実父(初代白鸚)が受け継いできました。花道の出と入りがつながります。僧形になっても源氏の武士です。最後も武士として武張って引っ込んで、どこまでお客様の共感を得られるかがとても難しいと思っております。

 僧形になっているけれど武士だということを現し、その武士が我が子の首を討って無常を悟る、ということがお客さんに伝わり、涙を誘えたらそれは最高です。なんとかそこに近づけたいと思うんですけれどね。

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