歌舞伎座「芸術祭十月大歌舞伎」 平成29年度(第72回)文化庁芸術祭参加公演  日印友好交流年記念
新作歌舞伎 極付印度伝 マハーバーラタ戦記

作調から見た『マハーバーラタ戦記』

作調から見た『マハーバーラタ戦記』

作調 田中傳左衛門(たなか でんざえもん) 歌舞伎囃子田中流十三世家元。歌舞伎囃子協会会長。1976年生まれ。5歳で初舞台。1990年歌舞伎座初出演。七世田中源助の名跡を経て2004年2月十三世田中傳左衛門を襲名。2006年囃子部長に就任し、 第五期歌舞伎座開場では一番太鼓、「翁」の小鼓頭取などを勤める。

初日以来好評をいただいている『マハーバーラタ戦記』。劇中でも印象的な音楽の演出ですが、この音楽が生まれる過程を、作調の田中傳左衛門に聞きました。

――「作調」とは打楽器をはめるだけでなく、作品のどこにどのような音楽を使うかを考える役割でもあります。傳左衛門さんは今回の作品では、どのようなアプローチをされたのでしょうか。

 演出家がいる作品の場合、その方がどういった演劇をつくってこられたかというリサーチから始めます。今回の演出の宮城聰さんと仕事をご一緒するのは初めて。まずはこれまでの舞台の資料を拝見し、研究しました。ちなみにご本人には言っておりません(笑)

 これは私が非常に大切にしていることで、たとえば、サッカーチームなら監督がどういう戦術をするかで、チームが大きく変わることを思い浮かべていただければおわかりになるでしょう。古典歌舞伎や復活狂言など、純粋な歌舞伎作品であれば俳優さんたちと相談しながらつくりますが、演出家のいる芝居は演出家ありきです。演出家さんのなかでの音楽の存在、流れを確認しつつ進行します。

――歌舞伎以外の演出家を招いての新作では、どんなご苦労がありますか?

 たとえば、歌舞伎で“水の音”といえば、大太鼓を使ってトントントン…と生音を鳴らす“水音”があります。でも、現代演劇では、水が流れる音を音響効果でスピーカーを通して使うのが普通です。この感覚の違いがいつも壁となります。

 私は「虚音」と「実音」と言っているのですが、歌舞伎に馴染んだ幕内(出演者、スタッフ)やお客様にとって大太鼓の“水音”は、その場で生音を出す「実音」ですが、外部のほとんどの演劇人にとって、それは水の音には聞こえないウソの音、「虚音」なんです。

 ところが、宮城さんは「虚音」と「実音」の関係を共有することができる稀有な演出家さんでした。常に(音楽担当の)棚川寛子さんとのタッグで、生音での演奏で芝居をつくってこられたからこそでしょう。それがわかって、宮城さんとはいろいろな考え方を共有できる、よいものができると直感しました。

 しかも、SPAC(静岡県舞台芸術センター)作品での棚川さんの音楽はすべて打楽器で構成されています。歌舞伎の楽器も実はほぼすべて打楽器で、三味線も弦をたたいて音を出す楽器です。基本的に融合できないものはない。この相性も強みで、SPAC版の『マハーバーラタ』や棚川さんの担当された作品を拝見して、これは大丈夫だと思いました。

スーパー歌舞伎II(セカンド)『ワンピース』『歌舞伎座捕物帖』『桜の森の満開の下』といった歌舞伎ほか、野田秀樹演出の『足跡姫』、そして10月末からの『表にでろいっ!~One green bottle』。作調を手がけた作品はまだまだたくさん。 演奏も作調も、「よい作品、よいスタッフとの仕事なら、どちらが好きとは比べられません」。『マハーバーラタ戦記』もその「いい仕事」の一つでした。

――『マハーバーラタ戦記』制作の過程はいかがでしたか。

 9月に宮城さんや棚川さん、作曲の杵屋巳太郎さんほか、スタッフの皆さんとの顔合わせがありました。私は、棚川さんらSPACチームの考えをすべて出していただこうとプランをうかがっていたのですが、あまりに面白くて次の予定を飛ばしてしまいました(笑)

 もちろん、巳太郎さんや(竹本三味線の鶴澤)慎治さんの作曲も素晴らしく、彼らに円滑に仕事をしてもらうために、双方の通訳や調整に徹し、あとは足し算、引き算をすることにしました。今回お声がけいただいた意図もそこにあると思いましたので。

 今まで、能楽師や、『夏祭浪花鑑』の“だんじり囃子”を打たれる大阪の街の豆腐屋さんなど、あらゆる外部の方々をお迎えしてきました。

 外部の方々を迎えて仕事をするときに大切なのは、情報共有とコミュニケーションです。歌舞伎の幕内やご覧になるお客様は歌舞伎の音は耳慣れているので、「作調って何やったの?」と言われますが(笑)、そのくらいで構わないのです。共存共栄というと単純すぎますが、お互いによさを消さないように音を鳴らし、劇場のなかで融合して『マハーバーラタ戦記』の音楽ができ上がりました。

――今回の音楽の特徴は。

 今回の音楽プランの眼目は、上手(かみて)と下手(しもて)、両方から、違う種類の音が耳に入ってくることです。ですから、今回は舞台稽古での調整のほうが多かったですね。また、アジア的な部分は完全にSPACチームが担われるので、歌舞伎チームはそこにはタッチせず、まったく別のアプローチで歌舞伎らしさを足していきました。

 SPACチームはさすがに宮城さんから棚川さん、そして演奏家さんへという指令系統が熟成されていました。また、SPACの俳優として舞台に立つ方々が演奏をされているため、歌舞伎という異ジャンルのツボをつかむ順応性が素晴らしかったです。

 一方、菊五郎劇団の皆さんと新作を手がけるのも、初めてだったのですが、音羽屋さん(菊五郎)や菊之助さん、巳太郎さんが任せてくださった、その懐の深さに感謝しています。

――新作を作調することは傳左衛門さんにとってどんな作業なのでしょうか。

 台本と演出家の傾向で考えますが、ほとんどファーストインプレッションは超えられません(笑)。作品のカラーはさまざまですが、経路は違っても目指す頂上は同じです。新しいことをするというのは、古いものを壊すことではなく、たくさんの引き出しを持ち、持ち札を増やし、それらをいかにうまく切るかということ。私のなかでは大和屋さん(玉三郎)、(十八世)勘三郎さんと多くの作品をご一緒してきた経験が大きいです。お二方には本当にたくさんの山の頂上から、素晴らしい景色を見せていただきました。

 今回も本当によい作品、よいスタッフに刺激を受け、非常に楽しく仕事をさせていただきありがたかったです。

撮影=松竹写真室