歌舞伎座「芸術祭十月大歌舞伎」 平成29年度(第72回)文化庁芸術祭参加公演  日印友好交流年記念
新作歌舞伎 極付印度伝 マハーバーラタ戦記

菊之助 in インド

菊之助 in インド

8月、菊之助が「マハーバーラタ」が生まれたインドの地で、出会ったもの、感じたこと。初めてのインドで過ごした時間が、10月の舞台につながっていきます。

ハリドワール ホテルにて

シヴァ神、カルナ、そしてガンジス川。「マハーバーラタ」を肌で感じたインド訪問

 尾上菊之助がインドへと旅立ったのは2017年8月19日の夕方。インドの首都デリーにあるインディラ・ガンディー空港に降り立ったのは8時間後のことだった。
「来る前はインドに対してどこか近寄り難いイメージがあったのですが、実際に訪れてみるとそうではなく意外に近い。感覚的に遠いと思い込んでいたのかもしれません」。

 20日、ニューデリーの日本大使館で行われた文化交流イベント「日本・インド伝統芸能の夕べ」で、菊之助が披露した舞踊は地唄舞『鐘ヶ岬』。インドで歌舞伎が上演されるのは40年ぶり、1977年以来のことだ。 「40歳になった自分へのメッセージを受け取ったような気がします」。
 '77年は菊之助が生まれた年でもあるのだ。
 大使館で同時に上演されたのはインド南部ケララ州の舞踊劇「カタカリ」。かつてその演者は男性に限られていたという。
奇抜な化粧や色鮮やかな衣裳で身振り手振り、目の動きなどで物語や感情を表現する芸能に触れた菊之助。その心に湧き上がったのは、「もしかしたら歌舞伎のルーツはカタカリにあるのではないか…」という思い。そして「歌舞伎が両国文化交流の架け橋を担うことができたら」という願いは、より強固なものになったという。

 21日。菊之助がまず向かった先はオールドデリーにあるヒンドゥー教の寺院だ。そこで出会ったのは『マハーバーラタ戦記』で演じるシヴァ神の壁画と像である。
「壁画に描かれたシヴァ神は思いのほか大きく、像はとても小さなものでした。きっと物体ではなく、存在が心とつながっているのでしょう」。
 次に訪れたのはハリドワール。ヒンドゥー教の聖地であり、菊之助が演じるもう一役カルナが、生を受けて間もなく流されるガンジス川のほとりに位置するところだ。そこで菊之助は沐浴する人々の姿を目の当たりにする。
「雄大なガンジス川で祈っている方々は、沐浴によって神とつながろうとしている…。そんな印象を受けました。ガンジス川は感謝を捧げ、罪の穢れを洗い流してくれる存在。人間は自然を通して神と密接につながっていて、神は遠い存在ではないのだと思いました」。  その夜は日没後に行われるお祈り「アールティ」を見学することに。

 22日は早朝4時にホテルを出発。ガンジス川上流にあるリシケシでスチール撮影をするためである。原風景ともいうべき自然が残るその場所に、迦楼奈(カルナ)として姿を現した菊之助の身を包んでいるのは金色の鎧だ。
「原作でもカルナは金の鎧を着ています」。
 白塗りの顔の眉間には赤い印がくっきりと描かれている。ヒンドゥー教を信仰する者の証「ティラカ」である。
「ガンジス川で歌舞伎の拵えがどう映るのか、ここに来るまでは不安でした。ですが、このティラカと現地で手に入れた弓とが、双方を結びつけてくれたように思います。インドに来なければ、触れることのできない景色と空気感のなかで、カルナとしてガンジス川の岩場に立つことができ、『マハーバーラタ』の世界をより身近に感じることができました」。
 戦いをやめさせるべく使命を全うするカルナ。そして今、菊之助に課せられた使命は新作歌舞伎『マハーバーラタ戦記』を完成させること。
 聖なるガンジスの恩恵を受け、その決意も新たに菊之助は翌日に帰国した。

スチール写真もガンジス川で撮影! 菊之助迦楼奈(カルナ)がついに!!

取材・文=清水まり(本文) 撮影=加藤 孝