歌舞伎座「芸術祭十月大歌舞伎」 平成29年度(第72回)文化庁芸術祭参加公演  日印友好交流年記念
新作歌舞伎 極付印度伝 マハーバーラタ戦記

演出、宮城聰の言葉

演出、宮城聰の言葉

――新作歌舞伎の演出は初めてだそうですが、これまでの歌舞伎との関わりについてお聞かせください。

 私は常々、現代演劇を日本で演出していて恵まれていると思っていることがあります。それは、この国では何百年もの知恵が蓄積された演劇が今も現役で、しかも最前線で活躍しているという現実です。

 こうしたことはヨーロッパではあまりなく、たとえばコメディ・フランセーズは歌舞伎と同じくらいの歴史がありますが、せりふなどはこの数十年の言い方に一新されてしまって昔ながらの演技の形は残っていません。

 ところが、歌舞伎はそうではない。つまり日本の演出家は、歌舞伎のような伝統演劇からさまざまに学んで演出することができるわけです。実際に私も現代演劇においてそうしたものを使わせていただくこともあり、非常に助けられています。

――歌舞伎のどのようなところに感銘を受けられますか?

 歌舞伎の観客は俳優の身体から言葉が生まれる瞬間を見ているように思います。それがテキスト、つまり戯曲が主体となっているヨーロッパの演劇との大きな違いで、観客は言葉が俳優の肉体と出会うことによって起こる変化を見て、それを面白がり感銘を受けている。

 それは子どもの頃からトレーニングを積み、驚くべき技量を備えた俳優がいて成り立つことです。400年以上もの伝統のなかでたくさんの人の知恵が積み重なり、練りに練られた演出を、私たちは俳優の演技を通して観ることができる。これは非常に素晴らしいことだと思います。

演出 宮城 聰(みやぎ さとし) 1959年、東京生まれ。演出家。SPAC(静岡県舞台芸術センター)芸術総監督。東京大学で演劇論を学び、1990年「ク・ナウカ」旗揚げ。2007年4月、SPAC芸術総監督に就任。2017年アヴィニョン演劇祭で、アジアの演劇として初めてオープニングに選ばれた『アンティゴネ』を上演。

――『マハーバーラタ戦記』はインドの物語。とても斬新ですね。

 日本には昔から「三国一の美女」という言葉があります。三国とは日本と中国、それに天竺、つまりインドです。平安時代の『今昔物語』は天竺における釈迦の話から始まっていて、インドというのは中国と並んでかつての日本に多大な影響を及ぼした国でした。

 ところがインドを舞台にした歌舞伎作品はなく、一方の中国は近松門左衛門が『国性爺合戦(こくせんやかっせん)』を書いていて、それが今は歌舞伎の古典になっています。

――古典として認知される『国性爺』も初演当時はかなり斬新だったはず。ということは、この作品が100年後200年後の日本で歌舞伎の古典になり得るということですね。

 そうなることを夢見ています。

――演出にあたって思うところをお聞かせください。

 ひとつ気をつけなければならないと思っているのは、現代の日本人が思うインドとは異なるということです。「マハーバーラタ」というのはB.C.400からA.D.400年くらいのインドの世界観でつくられた物語です。それはイスラム教の影響を受ける前の時代、現代人が連想しがちな、たとえばタージマハールに代表されるようなインドではありません。

 実際に稽古に入るのはこれからですが、ただひとつ確信があります。それは普遍的な美というものを感じない人間は地球上にはいない、ということです。とある地域で本当に美しいとされているものは、世界中のどこへ行っても美しい。

 それは非常に不思議なことではありますけれども、それを信じて「美」というものをこの舞台において提示させていただければ、必ずや共通の理解に至るだろうと考えております。

取材・文=清水まり 撮影=松竹写真室