――どんな舞台になるのか、全体像をお聞かせください。
考えたのは、「マハーバーラタ」を歌舞伎でやるとはどういうことなのか、お客様はどういう気持ちでご覧になるのか、ということでした。インドで上演されている、いわば本家の「マハーバーラタ」を日本の舞台に乗せてもちぐはぐなことになってしまう。思いついたのは、屏風を使うことでした。
(演出の)宮城さんからは、古いお堂のシーンからスタートしたい、というお話をいただきました。そこで、インドから日本に渡ってきて保管されていたものが、古いお堂で屏風に仕立てられていて、絵解きを見るようなスタイルを考えたのです。見ているうちに、屏風絵の中に入り込んでいくような設定です。もっと具体的に言うと、舞台上にある屏風が時に背景になり、絵柄が変わり、まるで絵巻物を繰っていくような楽しみを持ってもらえたらいいなという舞台です。
――歌舞伎座の舞台についてはどのくらい意識されたのでしょう。
歌舞伎座はその大きさもさることながら、横に長いというプロポーションがすごく特殊です。しかし、絵巻物というコンセプトにこれほどいい空間はありません。また、最初に菊之助さんから両花道をというオーダーがあったことからも、絵巻物が左右に流れて行き止まりのない感じにしたいと思いました。両花道があることで、観ている方は舞台の中に取り込まれたように感じられてわくわくしますよね。歌舞伎の醍醐味の一つです。
これまで私は、客席層の形や位置、舞台との関係も含めてデザインすることが多かったので、歌舞伎座の花道に囲まれた、特徴的な客席と舞台の関係を生かしたいと、素直に思えました。歌舞伎座というパワーのある空間、それを生かすのが私の空間構成という仕事だと思っています。(演劇祭で手がけた)アヴィニョンの石切場や法王庁中庭といった特別な空間に匹敵する場所を、今回与えていただきうれしく思います。
――屏風とほかの舞台装置は、どのような関係になるのでしょう。
屏風絵にしようとなった時点で、絵は深沢襟さんしかいないとお願いしました。深沢さんは筆の力、画力で世界観をつくり上げられる人です。今のところ20くらいの場で10枚ほどの屏風絵を使う予定です。日本画のようでもあり、インドから伝わる宗教画のようでもあり、幕開きは古びた曼荼羅のような感じです。屏風絵は美術のみどころの一つになっています。
道具立て、大道具は基本的にはその屏風とのコラボレーション。古い物語「マハーバーラタ」が描かれている前で、日本人がそれを芝居にしてみようとつくったのが、今、目の前に繰り広げられている芝居、というふうに見えると面白いなと。屏風絵にはインド風のきらびやかな原色を使っていましたが、古いお堂の感じに重ね、衣裳とぶつからないようにトーンを落とし、古色が入りました。地がすりはお堂の石の床のイメージです。
幕開きはかなり象徴的に屏風を見せることになると思いますが、その屏風が芝居のなかでどのように変化し、どんなふうに見えるのかは、ご覧になってのお楽しみ。大詰での使い方にもぜひご注目いただきたいですね。
どこかにインドを感じられる要素を取り入れたい、という気持ちがありました。「マハーバーラタ」やインドの要素をどうにかして屏風絵のなかに感じてほしい、単なる場面の背景ではなく、絵巻物が続いていくような印象をお客様に感じていただくにはどうしたらよいかを意識しました。
歌舞伎の場合、衣裳がとても華やかですよね。ですから、背景にインドらしい自由な色彩やラインを持ってくると衣裳と印象がぶつかってしまうんです。現代劇の場合は、背景の印象を立てるときは前を抑えたり、馴染むこと嫌わない場合も多いのですが、今回はあくまで背景の色調の範囲で調整したので、そこに時間がかかりました。
「マハーバーラタ」というとてつもなく壮大なスケールをもった神話と、歌舞伎という日本の伝統芸能がどのような接点を持っていくのか…、それを見つけていくことを楽しみに感じます。普段、歌舞伎のお仕事をしているわけではないので、より客観的に両者をとらえられるのではないか、そのことがプラスに働いてほしいという願いもありました。
歌舞伎は様式や決まり事で成り立っている部分が大きいように思います。その様式を壊さず、どこまで自由にチャレンジできるのかが求められる仕事だと感じています。
深沢 襟(ふかさわ えり)
舞台美術家。武蔵野美術大学で舞台美術家の高田一郎、小竹信節に師事する。2000年に劇団「ク・ナウカ」入団、2006年よりSPACに参加。戯曲、演出のイメージのみならず、立ち回る俳優との関係性から空間を創り上げる舞台美術が特徴。近年は、SPAC以外の舞台へも活動の幅を広げている。近作にSPAC『薔薇の花束の秘密』(森新太郎演出)、『冬物語』(宮城聰演出)、東京芸術劇場『気づかいルーシー』(ノゾエ征爾演出)など。
撮影(木津)=松竹写真室