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錦之助 南座 顔見世興行で襲名披露

錦之助

 京都南座は、11月30日から京の年中行事「當る子歳 吉例顔見世興行」。今年は二代目中村錦之助襲名披露ともなり、例年にも増して一層華やかな興行になります。

 公演に先立ち、昼の部で『勧進帳』の富樫左衛門、夜の部では『寿曽我対面』で曽我五郎時致を演じる中村錦之助が記者取材会を行い、意気込みを語りました。

中村錦之助―――
 四月歌舞伎座におきまして、叔父の前名である、中村錦之助を二代目として襲名し、今回、南座顔見世興行においてご披露させていただきます。錦之助という名前が、私の代から歌舞伎役者の名前として後世につながっていくようにがんばっていきたいと思っております。

 昼の部では幸四郎さんの弁慶で『勧進帳』の富樫。去年11月の地方巡業でも、幸四郎さんを相手に富樫を勤めさせていただきました。

 昭和28年、叔父の初代錦之助も、歌舞伎座で行われた第14回「子供歌舞伎」公演で『勧進帳』の富樫を1日だけ勤めておりますが、その時、義経を勤められたのが、当時の染五郎、現在の幸四郎さんで、深いつながりを感じるとともに、大変うれしく思っております。

 夜の部は『寿曽我対面』の五郎。こちらは初役で勤めます。私の師匠の富十郎が工藤、十郎の菊五郎さんをはじめ多くの皆さんに出ていただき、五郎を勤められること、こんなに嬉しいことはございません。

 皆さんに「もっと勉強しなくちゃだめだよ、錦之助の名が泣くぞ」と言われないよう、一生懸命勤めたいと思っています。

錦之助という名前について―――
 なかなか慣れませんね(笑)。今までの"信二郎"は本名でしたから、つい自己紹介の時には"信二郎"といってしまいます。まあ、本名ですから間違いでは無いですけど(笑)。戸惑うことなく堂々と「錦之助です」って言えるようになりたいですね。

 最初、襲名のお話があった時には、やはり映画界の名前ですので、それを僕が継いでも…と思ったんです。でも、だんだんと、僕が継ぐことで錦之助という名前がずっと生き続けていけば、叔父も永遠に生き続けられると思うようになったんです。50年後、100年後に錦之助という名前が残り、初代のことを思ってくれる人がいて、昔の役者ってかっこいいねと思って下さるようになれば嬉しいですね。

 そのためにはまず、歌舞伎界で継ぎたいと思えるくらいの名前にしなくてはいけません。「嫌だ、こんな名前継ぎたくないよ!」と言われないように(笑)がんばろうと思います。

初代について―――
 毎年、歌舞伎座で行われていた「萬屋錦之介特別公演」に出演させていただいて、そこで色んな事を学びました。厳しいことはあまり言わず、自由にさせてくれましたが、できなくても良いから、何事も一生懸命やるようにと良く言われました。

 叔父は派手で、説得力があって、華やかで。そういうところも見習いたいし、セリフ術もすばらしくて。これは叔父が子供の頃、歌舞伎の舞台で培ったものですが、それらも勉強したいと思っています。

 叔父は本当に歌舞伎が大好きで、映画界に行くときも、1・2本映画の世界を見て来る気持ちだったようですが、祖父三代目時蔵から映画の世界に行くなら、一生歌舞伎に戻るなといわれて。約束どおり、生涯古典歌舞伎はやりませんでした。

 本当は好きな歌舞伎をやりたかったと思うんです。歌舞伎の昔話もいろいろとしてくださいましたから。そんな叔父が、歌舞伎でどんな役をやりたかったんだろうな、と思い浮かべながら、一つ一つの役を勤めたいと思っています。

錦之助

富樫について―――
 富樫というのは若い熱血漢。なにより、ぶつかっていく事が大切だと思います。多分他の皆さんもそうなんでしょうけど、興奮してくるんですよ、自分の中で。やっていてすごく楽しい役です。四天王を勤めているときから、自分でやりたいと思って細かいところまで全部みていましたから、富樫ほど、稽古で覚えなくてもすぐできた役はありません。

 師匠の富十郎からは、弁慶に合わせるように言われています。芝居というのは、相手との対話ですから、自分勝手なことをして息が合わなかったら、問答も絶対につまらないものになってしまいます。

 富樫は切腹を覚悟して、義経を見逃します。一族も滅びるわけですよね。そういう心境で最後の杯を与え、見送った後は、本当の武士にあえたという気持ちですがすがしさを感じる。これを全部表現しなくてはいけない、本当に難しい役です。まずは、去年できなかったところを自分で納得できるように、それからまた、一歩一歩できるように…まさにライフワークですね。

五郎について―――
 これは、勢いですね。春狂言ですから、「五郎のせりふは鶯がなくように」と口伝にあるように、明るさと派手さが大切です。どこまでできるか…がんばります。

 師匠の富十郎が先代の松緑さんに教わっていて、それを一から教わり、そのとおりに演じたいと思っています。

南座の顔見世興行への思い―――
 平成8年以来11年ぶり。京都にはそんなに避けられているんですかね(笑)。

 南座の顔見世は、特に歌舞伎の世界の役者として、すごく大事にしています。その中でこの大役を勤めることができるという…錦之助という名前は、歌舞伎界で代々伝わっている由緒ある名前ではないのに、こうやって大役をいただけるのも、叔父の人徳でしょうね。錦之助の名前を皆で盛り上げようって、これは本当にありがたいことです。

 みんな、錦之助という名前が好きなんです。懐かしくて嬉しいと言ってくださいます。襲名したのはダメだった、なんて言われないようにしないといけない…これが今一番のプレッシャーです(笑)。叔父の人柄や皆さんの持っている思い出に負けないようにしなくてはいけない。顔見世でそれが披露できればと思っています。

萬屋の家系について―――
 今、兄の時蔵を含め萬屋の名前が全員揃っています。萬屋だけでも大変な大所帯でしょ(笑)。僕ら全員が一生懸命、歌舞伎の大看板になるように勤めるのが、先祖への一番の供養だと思っています。

 うちの家系は、どちらかというと華というよりも演技術で芸を磨いてきた家系。どうやったら技術的にできるかというのも課題の一つです。

錦之助

これから―――
 以前は、いろんな役をやりたいと思いましたが、今は違います。逆に自分にあったニンの役を身に着けたいと思っています。無理な役をやるといろんな意味で大変です(笑)。ゆくゆくは、叔父のやった『瞼の母』のようなものもやってみたいですね。

 襲名して名前に対する責任感が強くなりました。今までは自分の名前でしたから、自分が駄目なら自分が悪いだけ。でも、人の名前をいただいた訳ですからね。

 今まで人に尻を叩かれてやっていたような事も、自ら始めるように自分を追い込んでいます。継いだからにはこの名前を汚すわけにはいきませんから(笑)。

 気分転換に、山登りを楽しむという錦之助さん。その“錦之助”の名が南座の“招き”にあがるのは昭和27年以来55年ぶりの事となります。襲名披露でますます華やぐ 京の年中行事「當る子歳 吉例顔見世興行」。今から楽しみです。 

2007年09月30日

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