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勘三郎 追善公演への思い~歌舞伎座さよなら公演二月大歌舞伎 十七代目中村勘三郎二十三回忌追善

勘三郎 追善公演への思い

 歌舞伎座さよなら公演「二月大歌舞伎」は十七代目中村勘三郎二十三回忌追善です。十七代目勘三郎は、立役から女方まで芸域が広く、生涯で演じた役は803を数え、ギネスブックにも登録されています。初日を前に、当代中村勘三郎、勘太郎、七之助父子が今回の公演について、また父であり祖父である十七代目勘三郎への想いを語りました。

中村勘三郎
 父の最後の舞台は、昭和63年1月歌舞伎座での『俊寛』でした。父の体がもう良くないことはお医者さんから聞いてはいたのですが、その舞台で父が私に向かって言う「互いに未来で―」という声は今も耳に残っています。その月父が倒れ、私が代役を勤めさせていただきましたが、父が勤めた同じ舞台での最後の『俊寛』、今回は特別な思いがあります。

 父からはいつも「歌舞伎座で追善公演のできる役者になってくれ」と言われておりましたが、この度その追善を歌舞伎座さよなら公演の期間に行えることになり、これも皆様のおかげと大変感謝いたしております。

 父は芸域が広く、得意な演目も多かったため、今回の追善公演も朝から晩までゆかりの狂言で通すことができ、父がいかに偉大な役者であったかということを改めて感じています。また、大勢の皆様がこの追善公演に出て下さいますことは、本当にありがたいことで、賑やかな事が好きだった父も、きっと喜んでくれていると思います。父の事を偲びつつ、一所懸命、子供達と一緒にこの追善公演を勤めさせていただきたいと思っています。

中村勘太郎
 私たち兄弟にはとても優しい祖父でしたが、一度『盛綱陣屋』で小三郎を勤めさせていただいたときに、その祖父にひどく怒られ、楽屋の押し入れに逃げ込んだ思い出があります(笑)。祖父と舞台に出たのはそれを含めて数回しかありませんが、全て歌舞伎座の舞台でした。祖父との思い出のある歌舞伎座で追善ができることは大変嬉しく、気を引き締めなおして勤めたいと思っています。

中村七之助
 祖父は私が4歳の時に亡くなってしまったので、あまり記憶にはないのですが、たくさんの方から「すごい役者だったよ、良い役者だったよ」と言われるのをいつも嬉しく思っていました。その追善公演で新しい役に挑戦させていただき、また諸先輩方の素晴らしいお芝居も間近で観ることができるので、役者としても楽しみにしています。

2010年01月26日

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