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平成24年新橋演舞場「六月大歌舞伎」~初代猿翁・三代目段四郎五十回忌追善、二代目猿翁・四代目猿之助・九代目中車襲名披露、五代目團子初舞台

平成24年新橋演舞場「六月大歌舞伎」

 初代猿翁、三代目市川段四郎の五十回忌にあたる来年、平成24年新橋演舞場「六月大歌舞伎」において追善興行が催されることが決まりました。
 あわせて、市川猿之助が二代目市川猿翁、市川亀治郎が四代目市川猿之助、猿之助の長男 香川照之が九代目市川中車を襲名、また香川照之の長男 政明が五代目市川團子として初舞台を踏むことが決定し、それぞれが思いを語りました。

市川段四郎
 兄 猿之助をはじめ皆様のお勧めもありまして、来年6月新橋演舞場で祖父・初代猿翁と父・三代目段四郎の追善興行を催させていただき、また4人の襲名披露もさせていただくことと相成りました。祖父が亡くなりましたのは昭和38年6月、父は同じ年の11月に亡くなりまして、当時私はまだ17歳で、非常に心細い思いをいたしましたが、この度立派な追善公演ならびに、襲名披露をさせていただけることが出来まして、とても幸せに思っております。

 私は初代市川亀治郎の名で初舞台をいたしたものですから、息子が猿之助を襲名すると聞き、僕では大きく出来なかった名前を二代目亀治郎を名乗る息子が大きくしてくれたのにと、何か寂しい思いもいたしましたが、当人の、兄の家の芸を継いで行きたいという意志を汲みますと、襲名はこれから本人が成長する上でとても大切なこと、今は頑張ってもらいたいと願っております。

市川亀治郎
 伯父 猿之助の希望もあり、また市川宗家を初めとする関係者の皆様に快諾をいただきまして、四代目として猿之助を継ぐことになりました。この後は、この猿之助という名跡を次の世代にしっかりと渡すべく努力し、またこの襲名を通し、日本の誇る歌舞伎を末永く守り、歌舞伎界をますます盛り上げていきたいと思っております。

 猿之助という名前は、私にとりまして神様にも等しい憧れの名前ではありますが、私の中では亀治郎という名前にも強い愛着がありました。しかし、伯父の希望を継ぐ事が恩返しにもつながるのではという思いから襲名を決意するに至りました。これからは、猿之助四十八撰、スーパー歌舞伎、さらにはものの捉え方や見方といった澤瀉屋の精神をも受け継ぎながら、諸先輩に教えていただいた芸を守り、さらにそれを破る"守・破・離"を備えた役者になりたいと思っています。

香川照之
 この度九代目として市川中車を襲名させていただく事になりました。今年で46歳、歌舞伎の世界とは無縁に過ごして参りましたが、私の中では140年にわたり続いている家系を、私、そして政明という長男がいながら、継いでいかなくてはよいものだろうかと、ずっと自分に問うて参りました。そしてこの度、市川宗家を初めとする皆様のご了承のもと、歌舞伎という、まさに大きな船に息子共々乗らせていただく決意をいたしました。

 私自身、今回の襲名を考えるようになったのも、やはりどこかで夢見る力、父の言葉ではありませんが「天かける心」という精神が私の中にあるからではないかと感じております。20年以上商業演劇、映像の世界にはおりますが、本当に歌舞伎はゼロからの出発となります。多くの方にご迷惑をおかけすることになるとは思いますが、少しでも歌舞伎のためになれるよう、努力して参りたいと思っております。

 会見では、五代目市川團子として初舞台を踏む香川照之の長男・政明も「はじめまして。歌舞伎は初めてですけれど頑張ります。よろしくお願いいたします。」と挨拶。また、二代目猿翁を襲名する市川猿之助から「猿之助という名前は、私の曾祖父が明治4年に名乗って以来、140年間、1日も絶えたことがありません。わたくしも祖父から想いを託されて、三代目を襲名いたしました。その想いを、今度は亀治郎に託すことにいたしました。猿翁という名前は、祖父のイメージが強いので、老年の印象がありますが、私は、これからも健康に留意して、古典からスーパー歌舞伎まで、命ある限りエネルギッシュに仕事をしてゆきたいと思っています。」というコメントを発表。会見の後半には本人も登壇し元気な姿を見せていました。

平成24年新橋演舞場「六月大歌舞伎」

自ら「翁の文字 身に添うまでは 生き抜かん」と描いた書を手にする猿之助(右から2人目)



《四代目市川猿之助襲名披露の予定》

平成24年6月・7月
 東京 新橋演舞場

平成25年1月
 大阪 松竹座

平成25年3月
 名古屋 御園座

平成25年6月
 九州 博多座

平成25年12月
 京都 南座

2011年10月12日

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